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特別インタビュー 「強い個」の「強い絆」で『強い集団』へ TOTO株式会社 代表取締役 社長執行役員 田村 信也 氏
2025年の4月1日にTOTO株式会社の社長に就任した田村信也氏は、ウォシュレットの技術職やベトナム・アメリカでの海外法人の社長を務めるなど、多彩なキャリアを有しています。本日は田村社長に、これまでの道のりで大切にしてきた考え方や、今後思い描く組織の在り方などについて伺いました。

水回りの技術を生かして半導体分野に挑戦
―直近の御社の事業展開について教えてください。
田村 現在TOTOグループは、グローバルで約3万人の従業員で構成される組織です。2026年3月期の連結売上高は7,374億円、営業利益は537億円となっています。当社をご存じの方にとって馴染み深いのは、トイレやキッチン、バスルームなどの「グローバル住設事業」だと思います。しかし、最近のTOTOグループでは、半導体製造装置用の部材である静電チャック等の高品質・高精密セラミック商品を展開する「新領域事業」にも注力しています。静電チャックとは、半導体の回路をミクロン単位、ナノメートル単位で刻む製造過程において土台として使用される直径50センチほどの円盤形状の部品で、平滑さや温度安定性が極めて高い水準で求められるものです。創業から続く水まわり製品の開発で培ってきた技術を、新たな分野に生かしています。
コロナウイルスから600名の仲間を守る決断
―入社してから現在に至るまで、国内外問わず様々な事業に携わっていらっしゃいます。
田村 ウォシュレットの技術職や販売部門、TOTOベトナムの社長などを経て、2018年から3年間アメリカに赴任しました。特に、アメリカで過ごした期間は、自身の経営哲学を決定づける極めて重要なものの一つでした。
当時、世界中が未知のウイルスである新型コロナウイルスの脅威に晒されていた中、アトランタにある当社の衛生陶器工場で忘れられない出来事がありました。それは、約600名の全社員のうち、コロナウイルスの感染によって2名を相次いで失うという悲劇です。工場内は「次に感染するのは自分ではないか」といった強い不安と恐怖に包まれていました。
―混乱が生じている中で、どのような経営判断を下しましたか。
田村 当時の事業規模では、アトランタの工場を1日稼働停止すれば約7,000万円の損失が出る計算で、3ヶ月にもなれば数十億円という莫大な損失になることは容易に想像できました。私は拠点長として、工場の稼働を継続すべきか、それとも即座に止めるべきか、凄まじい葛藤に直面しました。すぐさま当時の清田徳明社長(現会長)に電話で相談したところ、報告を聞いた清田社長はわずか5秒で「今すぐ止めるべき」と答えました。続けて彼は、「このまま稼働を続ければ、7,000万円は維持できるかもしれないが、周りで働いている600名の仲間を不安にさせ、去ってしまう可能性もある。逆に、今数十億円を失ったとしても、600名の仲間が残ってくれれば、何年かかるかわからないが必ず取り返せる。当社としてどちらを大事するかは明白のはず」と述べました。この言葉によって、私たちの進むべき道は明確になりました。私たちは迷わず「人」を選び、工場の停止を即決したのです。
不変の価値観「どうしても親切が第一」
―清田会長はどのような価値基準で工場停止の決断に至ったのですか。
田村 この清田会長の決断の拠り所となったのは、当社が100年以上にわたって代々受け継いできた経営哲学でした。
私たちのルーツは1912年、創立者の大倉和親がヨーロッパで目にした水洗トイレの衛生的な環境に衝撃を受けたことに始まります。当時の日本は「便所」といえば臭くて汚い、家の外にあるのが当たり前という時代でした。大倉は「日本にも清潔な住空間を提供したい」「国民の生活文化を向上させたい」という信念を抱き、下水道さえまともに整っていない時代に水洗便器の研究開発をスタートさせたのです。1917年に創立された「東洋陶器株式会社」という社名には、日本国内だけでなく、広くアジア、そして世界を視野に入れようという高い志が込められていました。
そして、TOTOグループの魂の源泉となるのが、初代社長の大倉が、二代目の百木三郎に社長職を引き継ぐ際に贈った一通の書簡です。そこには「どうしても親切が第一」という言葉が先頭に記されています。続いて、「良品の供給・需要家の満足が掴むべき『実体』です。この実体を握り得れば利益・報酬として影が映ります。利益という影を追う人が世の中には多いもので、一生実体を捕らえずして終わります。」と書いてあります。世の中のために存在する意義があり、役立っていれば、企業は存続する。そのためには良品の供給とお客様の満足が全てであるということです。アトランタでの工場停止の判断も、まさにこの「どうしても親切が第一」を仲間に向けて実践した結果でした。お客様に対しても、一緒に働く仲間に対しても、常に「誰かの役に立つ」という実体を追い求めるという理念が、当社グループ社員の一人ひとりに浸透していると自負しています。
ものづくりの醍醐味を感じた体験―身体障がい者用リモコンの改良
―これまでのキャリアで、書簡の言葉が自身の仕事と紐づいた経験はありますか。
田村 自身のキャリアを振り返った時、この「どうしても親切が第一」の体現に向けて試行錯誤していた時期が他にもあります。その一つが、30代の頃、身体障がい者用ウォシュレットのリモコンの設計に携わっていた時期です。
当時、一般的な商品と同様に多くのボタンが配置されたリモコンを販売していましたが、全く売れませんでした。そこで、障がいを持つ方について更に理解を深めるため、様々な施設を訪問し、改良のヒントを探りました。ある日、交通事故で突然首から下の自由を失った「四肢麻痺」の障がいを持った20代後半の女性と出会いました。彼女はあらゆる動作を自力で行うことが難しく、トイレの際も、服の脱ぎ着や身体を拭くといった作業において、介助者の手助けが必要でした。施設の方によれば、彼女は悔しさから毎日涙を流されていたそうです。
―改良する上では、何が大切だと気付きましたか。
田村 私は施設の方から意見を頂き、手足ではなく「肩」や「頭」で押せるリモコンに改良しました。ボタンは押しやすいように表面に凹みを設け、肩が届く20cmほどの幅に収めました。そして、ボタンの種類は「流す」「おしり」「止」「乾燥」の4つに絞りました(図1)。社内からは「乾燥機能など不要ではないか」という声もありましたが、施設の方は「彼女は急ぐ必要がないのです。例え1時間かかったとしても自分で乾かして、一人でトイレを出てこられることに意味があるのです」と教えてくれました。彼女が必要としていたのは、便利な機能ではなく、「誰の助けも借りず、何かを自分の力で完結できる」という事実でした。完成したリモコンを設置し、彼女が初めて自力でトイレから出てきた時のにこやかな表情、そして介助者の方が号泣して喜ぶ姿は今でも忘れられません。

このリモコンは30年以上経った今でも、基本形を変えずに売れ続けています。彼女と介助者のお二人にとって、間違いなく役に立つものを提供できたのだと、ものづくりの醍醐味を感じた瞬間でした。そして、こうした体験を積み重ねていくことが「どうしても親切が第一」の体現につながり、長く愛される商品を生むのだと学びました。
「コミュニケーション」の活性化で「強い集団」を生む
―現在は社長の立場として、理念の実現に向けてどのようなことに取り組んでいますか。
田村 現在目指しているのは、「強い個」が「強い絆」でつながった「強い集団」を築くことです。私が考える「強い個」とは、単にスキルが高いことではなく、「稚拙であっても、自分の意見を持っている」ことを指します。経営者が一人で考えられる情報には限界がありますが、3万人の社員がそれぞれの現場で「私はこう思う」という考えを持ち、知恵を絞れば、とてつもないエネルギーが生まれます。また、自分の意見を持つことは、その人の成長にも直結します。
そして、その個をつなぐのが「強い絆」、つまり質の高いコミュニケーションです。私が考えるコミュニケーションには二つの絶対条件があります。一つは「双方向であること」。単なる連絡事項の伝達ではなく、相手がどう受け取ったかを確認し、意見を交換することです。もう一つは「感情を伴うこと」です。本音をぶつけ合い、議論が白熱したとしても、最後にはお互いが歩み寄り、「よし、一緒にやろう」と心が通い合う。こうした信頼を伴う意思疎通があってこそ、組織は一丸となって動き出します。
まずはトップが自分をさらけ出す
―「本音でぶつかり合うコミュニケーション」を浸透させる手段として、何が効果的だとお考えですか。
田村 本音のコミュニケーションを活性化させるため、社員に「心を開け」と言う前に、まずは「自分をさらけ出す」ことを実践しています。当社の社内報では、私自身の等身大の姿や失敗談、プライベートな一面も、包み隠さずオープンに見せるようにしています(図2)。また、社内イントラブログ「以心田信」では、仕事の話だけでなく、趣味の「北九州ラーメン巡り」で160軒を制覇しようとしている話や、冷凍ウナギを一度洗い直してから店並みに美味しく焼く料理のコツなどを発信しています。アメリカに赴任していた時は、独立記念日に経営陣5名が仮装する文化があり、ティラノサウルスの着ぐるみを着て工場を走り回ったことがありました。複数のティラノサウルスが走り回ると誰が誰だか分からないため、自分の胸に「CEO」と紙を貼って走りましたが、安全課の課長から「尻尾がコードに引っかかる」とこっぴどく怒られた、というエピソードも公開しています。これほどまでに自分をオープンにするのは、トップが素顔を見せることで、社員の皆さんに「皆さんと距離を縮めたい」という姿勢を伝えたいからです。現在では、私の投稿に対して社員から数多くのコメントが寄せられており、それに対して私が動画で答える「お返事ムービー」などの双方向のやり取りも活発に行われています。

「ひとりのために、みんなでひとつに。」
―最後に、田村社長が社長就任時に社員へ伝えたメッセージについて、想いをお聞かせください。
田村 当社では社長交代時、新しい社長から社内に向けたメッセージを1枚のポスターにまとめるという風習があります。私はそこで「ひとりのために、みんなでひとつに。」というメッセージを送りました。この言葉には、国籍や性別、職種を問わず、一人ひとりが自立した「個」として尊重され、かつ同じゴールに向かって心を重ねる集団でありたいという強い願いを込めています。
このメッセージを伝えるポスターには、大勢の人形が集まって一つの大きな円を形作っているビジュアルを採用しました(図3)。実はこの人形はCGではなく、1体1体手作りで制作し、糊で立たせたものです。その円の中心には、私自身を模した小さな人形も立っています。その人形は今、私のデスクの隅に置かれていますが、それを見るたびに、自分自身が忘れてはいけない決意を思い出させてくれます。

「強い集団」が大きく育つほど、会社としてより大きく質の高い仕事ができるようになり、それがお客様から支持される結果につながります。お客様からの信頼とは、決して社長一人に寄せられるものではありません。メンバー全員がひたむきに働く姿を見て、お客様から「素晴らしい企業だ」と認めていただける存在になれるのだと、強く確信しています。
―本日はありがとうございました。

