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特別寄稿「木材・住宅市況を読む」④ 国産材を使うメリットとSHK制度のポイント 脱炭素時代に選ばれる建物づくり 株式会社農林中金総合研究所 主任研究員 安藤 範親 氏

近年、建築の際においても「どれだけCO2を減らせるか」が問われるようになりました。特に施主となる事業者にとって、建物の脱炭素化は単なる環境配慮ではなく、企業価値や投資家からの評価を左右する重要な経営課題となっています。今回は、国のSHK制度(温室効果ガス排出量の算定・報告・公表制度)の最新動向を踏まえ、国産材を活用した木造建築がもたらす経済的・経営的メリットについて、具体的な数値を交えて解説します。
「木で建てる」ことが公式に評価される時代へ
SHK制度は、一定量以上の温室効果ガスを排出する事業者に対し、排出量の算定と報告を義務付ける制度です。現在、1万3千件を超える企業や自治体が報告しています。これまで建築物は「建てる際の排出量」が注目されてきました。しかし、最近の制度改正により「建物の中にどれだけ炭素を閉じ込めたか(炭素貯蔵量)」が算定対象として認められるようになったのです。
対象となる建物は、図に示すとおり、企業や自治体などが所有する新築建築物で、合法性が証明された国産材を使用した場合です。これにより、木材の中に閉じ込められたCO2を目に見える実績としてアピールすることができるようになりました。

炭素貯蔵量の算定と可視化の仕組み
建物の木材がどれだけの炭素を蓄えているかは、林野庁の「建築物に利用した木材に係る炭素貯蔵量の表示に関するガイドライン」に基づいて計算されます。ただし、SHK制度では、日本の森林吸収量との整合性を保つため、炭素貯蔵量として評価できるのは国産材に限られます。
施主にとっての大きなメリットは、こうした取組が「環境に配慮している」という抽象的な表現ではなく、具体的な数値として示せる点です。これにより、サステナビリティレポートなどでの対外説明にも活用でき、企業価値の向上につながります。
建築費とカーボンコストの考え方
一方で、中高層建築物では、耐震・耐火規制への対応から、木造は鉄骨造や鉄筋コンクリート造と比較してコストが高くなる場合があります。ただし、建物のコストは構造だけで決まるものではありません。デザイン、階数、施工期間、労務費、そして防火地域など多くの要因によって変動します。したがって、構造の違いによる単純な比較は難しいのが実情です。そこで注目したいのが、カーボンクレジットを買うコストとの比較です。
現在、J-クレジットの需要はGX-ETS(政府主導の義務的なCO2排出量取引制度、年間CO2直接排出量10万トン以上の事業者を対象に26年度から取引制度への参加が義務化)への対応などを背景に増加しています。26年4月末現在、J-クレジットの価格は1トンあたり5,000円強で取引されています。
ここで、25年度の4~5階建て建築物の平均床面積(非居住用:約7,600平米)を基に、炭素貯蔵量を計算してみましょう。仮にガイドラインの表示例(床面積1,000平米あたり国産材利用量400㎥)から単純計算すると、非居住用の場合、約2,000トンの炭素貯蔵量が見込まれます。これをクレジット価格で換算すると、非居住用建築物では約1,000万円相当の価値になります。
つまり、外部からクレジットを購入して排出を相殺する費用を考えれば、その分を建築コストに上乗せして「資産として残る木造建築」に投資する方が、経営合理性が高いと言えるでしょう。さらに、壁や床に分厚い板を使うCLT工法なら、一般的な在来軸組工法やツーバイフォー工法と比較して木材使用量が2~3倍程度に増加するため、炭素貯蔵量の価値もそれに応じて大きくなります。
補助制度の活用による収益性の向上
木造化を進めるなら、各自治体が実施している地域材補助制度の活用は欠かせません。例えば、神奈川県まちのもり創出事業のように、地域材利用を促進する補助制度と組み合わせることで、建築コストの一部を吸収しつつ、環境価値と経済性の両立を図ることが可能となります。
こうした制度は各地域で展開されており、施主に対しては、建物の用途(賃貸マンション、オフィス、商業施設など)に合わせ、こうした「制度・補助金・クレジット価値」をパッケージ化した提案を行うことが、受注獲得の鍵となります。
脱炭素だけじゃない木がもたらす本物の豊かさ
最後に、木を使う価値はCO2削減や炭素貯蔵にとどまりません。国産材の活用は地域林業の活性化や雇用創出につながり、サプライチェーン全体の持続可能性向上にも寄与します。また、木質空間がもたらす心理的快適性や健康性といった付加価値も、近年あらためて評価されています。建築事業者にとっては、こうした多面的な価値を踏まえ、施主の事業特性や建物用途に応じた最適な提案を行うことが、今後ますます重要になるといえるでしょう。
株式会社農林中金総合研究所
農林中央金庫100%出資のシンクタンクとして、農林水産業と食と地域に特化したリサーチ、アドバイザリー、コンサルティングを展開。多岐にわたる領域をカバーし、多様なステークホルダーに価値を提供している。

