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シリーズ 特別寄稿「木材・住宅市況を読む」② 持続的な木材輸出拡大のための市場開拓戦略とは 株式会社農林中金総合研究所 主任研究員 安藤 範親 氏
森林・林業・環境経済を研究テーマとする㈱農林中金総合研究所の安藤範親氏による特別寄稿シリーズ「木材・住宅市況を読む」の第2回です。今回は、「持続的な木材輸出拡大のための市場開拓戦略とは」と題して、日本の木材輸出に関する現状認識や課題、今後の可能性などについてまとめていただきました。

拡大する日本の木材輸出と中国依存の構図
日本の木材輸出は近年拡大基調にあり、2024年の輸出額は538億円と10年前の2.3倍にまで拡大しています。この成長の最大の要因は、中国への丸太輸出です(図1)。中国向けは日本の木材輸出額の55%を占め、主に九州からスギやヒノキといった針葉樹の丸太が輸出されています。輸出拡大には、中国経済の成長、同国の森林伐採規制、円安など複合的な要因があります。
興味深いのは、中国では2021年頃からの不動産市況の低迷により、丸太の総輸入量が減少傾向にあるにもかかわらず、日本からの輸出は拡大を続けている点です。これは、中国にとって主要供給国であったロシア、米国、オーストラリア、ドイツからの輸入が減少したことが大きく影響しています(図2)。ロシアは2022年以降、国内の木材加工産業育成を目的に丸太の輸出を大幅に制限しています。米国は米中貿易摩擦、オーストラリアは政治的緊張の影響で、ドイツは虫害木の処理が一段落したことにより、中国への供給が減少しました。このように中国の木材輸入能力全体に陰りが見える中で、競合国の供給減や円安を背景に、日本産丸太は輸出を維持・拡大しています。その結果、中国の丸太輸入先国の中でも5番目の相手先となるなど(10年前の2015年は16番目)、存在感を増しています。
一方、日本からの中国向け以外の主要輸出先についてみると、それぞれ異なる事情があります。輸出額第2位のフィリピン向けは、日本のハウスメーカーの国際的な生産戦略が大きく影響しています。一部メーカーは、フィリピンの労働力や加工技術を活用し、日本から輸出した合板や製材を現地で加工後、部材として日本へ再輸入しています。かつては、東南アジア産の合板や北米産の製材が主に用いられていましたが、産地の輸出規制やウッドショックによる価格高騰を背景に、日本産材が代替として利用されるようになりました。つまり、フィリピンへの輸出は同国の国内需要と関係なく、日本の住宅着工動向に左右される状況にあり、ここ数年、伸び悩む傾向にあります。
第3位の米国向けは、スギ製材の輸出が主流です。これは、北米でフェンス材として使われるウェスタンレッドシダー(米スギ)の供給減に伴う代替品として、日本のスギが需要を得たためです。しかし、2022年からの金利上昇による米国住宅市場の停滞や、米国市場向けに生産体制を増強することへの経営判断の難しさから、輸出は伸び悩んでいます。
以上のように、日本の木材輸出は拡大しているものの、実態は中国向け丸太への依存度が高く、他の市場は特殊な需要構造に支えられながらも停滞気味という、アンバランスな状況が続いています。
主要輸出先市場における木材需要停滞懸念
日本の木材輸出の先行きには、いくつかの懸念材料が浮上しています。主要輸出先である中国、米国、そして実質的に日本の国内需要と連動するフィリピン向け、いずれの市場にも停滞の兆しが見られるからです。
最大の輸出先である中国は、不動産不況の長期化が大きな懸念事項です。不動産投資や販売の減少は、今後の木材需要を下押しする可能性があります。さらに、中国政府は国内の森林資源の回復に伴い木材生産量を増やす傾向にあり、これも日本からの輸入を減らす要因となり得ます。
米国では、インフレと金利の高止まりが住宅市場の足かせとなっています。また、保護主義的な関税政策への回帰懸念などが経済の不透明感を強めています。住宅着工が伸び悩むなか、中古住宅販売の低迷はリフォーム需要の減速も引き起こしています。そして、フィリピン向け輸出は、日本の長期的な住宅需要の減少傾向が影響します。
これらの主要市場における需要停滞リスクは、今後の木材輸出拡大を考えるうえで、戦略の転換を迫る重要なシグナルと言えるでしょう。
中長期的活路としての未開拓市場の創造
政府は国産材利用促進策を推進していますが、国内住宅市場の大幅な縮小は避けられない見通しです。森林の持つ多面的な機能を維持・管理していくためにも、輸出による木材需要の拡大を通じて林業・木材産業の事業規模を支えることが不可欠です。しかし、その輸出先市場の先行きに不透明感が増しています。
こうした状況の中で、日本の林業・木材産業が持続的に成長を遂げるためには、既存市場へのアプローチに加え、輸出先の多角化が不可欠です。その中でも、大きな可能性を秘めているのが、経済成長著しい東南アジア諸国において、新たな木造建築市場を創造していくという挑戦です。
ベトナム、インドネシア、タイといった国々は、堅調な経済成長を背景に都市開発やインフラ整備が活発で、住宅需要も旺盛です。現在は鉄筋コンクリート造が主流ですが、中間所得層の拡大に伴い、品質の高い住宅や内装への関心が高まり、建設物価も日本の水準に近づきつつあります。したがって、近い将来日本の木造建築文化そのものを輸出する機会が訪れるものと考えます。
高温多湿な気候は、木造建築にとって課題ではありますが、すでに進出している日本の住宅メーカー等は、現地仕様を取り入れながら日本の木造軸組工法が技術的に対応可能であることを証明し始めています。もちろん、各国の法規制や商習慣、物流、現地パートナーの確保といった課題は山積みしています。しかし、この未開拓の市場に日本の木造建築を一つのスタンダードとして確立できれば、それは日本の林業・木材産業にとって新たな成長の地平を切り拓くことになります。今こそ、従来の枠組みを超えた輸出戦略が求められています。
農林中央金庫100%出資のシンクタンクとして、農林水産業と食と地域に特化したリサーチ、アドバイザリー、コンサルティングを展開。多岐にわたる領域をカバーし、多様なステークホルダーに価値を提供している。
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