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特別寄稿 ウッドショックをどう読み解くか?~コロナ禍における世界の木材需給と日本の木材・住宅産業~

 現在、日本向けの製材の輸出量の減少などにより、国内において木材が不足し、価格が上昇する「ウッドショック」と呼ばれる現象が生じています。今回は、このウッドショックの背景とその影響等について、㈱農林中金総合研究所の主事研究員である安藤範親氏と多田忠義氏に解説して頂きました。

コロナ禍におけるサプライチェーンの分断が発生原因

 現在、木材価格が上昇する「第三次ウッドショック」と呼ばれる事象が、日本を席巻しています。これは、2021年3月頃から表面化したもので、住宅・建設業界に様々な影響が生じています(図1)。今回は、1992~1993年頃のマレーシアや北米における伐採規制強化により供給量が減少したことに伴う「第一次ウッドショック」、2006~2007年頃のインドネシアにおける伐採規制強化により供給量が減少したことに伴う「第二次ウッドショック」と比べて、一般紙を含む様々な媒体で取り上げられるなど、業界内にとどまらず注目度が高い点が特徴です。

 現下のウッドショックは、世界規模での新型コロナウイルス感染拡大に端を発しています。グローバルなサプライチェーンが張り巡らされている状況の中で、感染状況の地域差がサプライチェーンの分断を招き、その影響が世界に波及したことによるものだと考えています。そのため、このウッドショックを読み解くに当たり、米国・中国を中心とした世界の木材需給の状況や、特に影響が大きい国内の川下から川上までさかのぼって分析するとともに、今後の見通しについても考察していきたいと考えています。

 

 

欧州から米国への製材輸出量は2倍に

 世界の木材需給の状況は、木材需要については米国における住宅需要が急増したことや、世界最大の木材輸入国である中国が先駆けて景気を回復させたことなどにより増加しています。一方、木材供給については、米国において労働者のレイオフがなされたにも関わらず、その後の雇用回復が進んでいないことなどを要因として生産量が増えておらず、供給不足となっています。更に、欧州材については、主要港を抱える地域のロックダウンによって、積み込み等の労働力が不足し、コンテナ不足や物流遅延が生じていることなどが影響しています。こうした中で、世界各国において量的金融緩和政策や積極的な財政出動が講じられ、住宅市場に資金が流入しやすくなっており、木材価格の高騰に拍車をかけました。

 米国においては、コロナ禍以前から低金利を背景に新築や中古住宅の販売が増加傾向にありました。昨夏以降、新型コロナウイルス感染拡大によって郊外への住み替え需要が一段と増加し、これに木材などの資材価格の上昇が加わって、住宅価格は過去最高を更新しています。これは、ライフスタイルの変化、米国の経済活動再開によるペントアップ(繰越)需要が住宅に向かったと考えられ、低金利、株価の上昇が拍車をかけています。こうした需要を背景に、今年5月の木材先物価格は、一時的に2020年1月比で最大4倍にまで上昇しました。

 米国では、製材品を主にカナダから輸入しています。2019年では、カナダからの輸入量が3,100万㎥と約89%を占める一方、欧州からは約6%程度の220万㎥にとどまっていました。しかし、2020年に入って木材需要が拡大したにもかかわらず、カナダからの輸入量が横ばいで推移し、かつ価格が上昇したことによって、欧州からの輸入量が急激に増加しました(図2)。今後もこの傾向が続けば輸入量は年間で400万~500万㎥規模に達する見込みです。日本における欧州材の輸入量は250万㎥程ですから、これまでの日本向けの輸出がそのまま米国向けに置き換わってしまうイメージです。

 中国については、新型コロナウイルス感染拡大の影響で輸出が2020年2月に一時的に落ち込んだものの、その後は回復基調にあります。米国経済の堅調さは、米中貿易摩擦による関税引き上げの影響を上回っており、中国の木材貿易についても拡大傾向にあります。その結果、ニュージーランドや北欧、ドイツからの丸太の輸入量が増加しています。

 

国内の新築住宅需要は緩やかな回復の途上

 林野庁によれば、日本における2019年の木材輸入量は原木が302万㎥、製材が570万㎥で、輸入先については、原木が主に米国、カナダ、ニュージーランド、製材が主にカナダ、ロシア、北欧となっています。製材・合板については、国内需要の約半分を輸入材が占めており、特に、木造住宅において、柱材は約6割、横架材は約9割を輸入材に依存しているという状況です。

 また、2020年度に着工した建築物の床面積は11,429万㎡で、このうち43%が木造、更にその92%に当たる4,592万㎡が居住用です。居住用の木造建築物の着工床面積は、2019年の上期にかけて消費増税に伴う駆け込み需要によって小幅ながらも増加したものの、増税や緊急事態宣言などで減少していました。緊急事態宣言が解除された2020年6月以降、郊外等への住み替えや、中古住宅の不足及び価格上昇などで、新築住宅需要は緩やかに回復しています。なお、2021年5月までの統計値から、着工が急減しているといったウッドショックの影響は確認できていません。ウッドショックが大きく取り上げられる直前に受注できた案件は着工できていると見られるほか、大手プレカット工場や一部住宅メーカーでは、年内着工分の輸入材を確保していることも、統計に影響が見えにくい理由と考えられます。一方で、輸入材が確保できないことによる受注・着工先送りが都市部を中心に出始める可能性もあり、今後の動向に注視していく必要があります。

 住宅価格は、木材に加え、システムバス等の住宅設備関係の価格が上昇、更に工事費も上昇していることから、50万~100万円程度の値上げは避けられない状況にあると考えています。また、鉄鋼相場も上昇しているため、木造以外の住宅についてもコスト増が避けられないと見ています。

 

製材出荷は今年3月に急回復 増税前の水準に

 2019年10月の消費増税以降、国内の製材品の生産と出荷は減少傾向にあり、更にコロナ禍によって2020年5~8月は出荷量が2015年比で2割弱程度にまで落ち込みました。秋以降は徐々に増加し始め、2021年3月は増税前の水準にまで出荷が急回復しています(図3)。合板や木製家具、繊維板についてもほぼ同様な動きであり、木材関連産業全体でみれば、日本全体の鉱業・製造業と概ね同様の傾向で推移しています。

 木材の輸入価格については、丸太、製材、合板が米中貿易摩擦の追加関税の影響により2018年末頃から下落傾向にありました。丸太と製材については、2021年の年初から上昇傾向にありますが、これは2018年の水準に回復した程度で、過去の動向と比較してもそれほど大きなインパクトがある価格というわけではありません(図4)。

 輸入量については、住宅の国産材率の上昇を受けて徐々に減少傾向にあり、特に、2019年末以降は着工の減少が影響し、その傾向がより顕著になっています。2020年9月には製材の減少幅が拡大し、7割程度まで落ち込んだまま現在まで推移しており、これが国内の在庫を圧迫したことでウッドショックにつながったと考えられます。

 木材価格については、2020年の上半期は下落傾向にありましたが、10月頃からベイマツやホワイトウッドの価格が反転上昇しました。ホワイトウッドの代替としてスギの正角・間柱の需要が、ベイマツやベイツガの代替としてヒノキの正角の需要が拡大し、2021年3月頃から国産材についても価格上昇が波及している状況です(図5)。また、スギ丸太価格については、2020年第1四半期以降大幅に下落したものの、生産量の減少などにより、2020年第3四半期に上昇に転じ、その後コロナ禍前の水準にまで回復しています。ウッドショックの影響は製品の価格上昇時期よりも遅く2021年5月になって表れました。輸入材の輸入量減少と価格上昇、国産材の価格上昇の時期のずれについては、一定期間は国内の在庫で持ちこたえた後、在庫が尽きたことで一気に表面化したことが要因ではないかと考えています。なお、価格の上昇幅には地域差があることに留意する必要があります。

 

素材生産もコロナ禍前の水準を回復

 国内の素材生産量は工場への素材入荷量でその動向を探ることができます。コロナ禍で素材生産から保育に作業を切り替えた影響が2020年度末まで残っていましたが、現在は素材入荷量が緩やかな回復の途上にあります(図6)。素材入荷量は、夏にかけて減少し、冬にかけて増加する傾向がありますが、製材用については、2020年7月に過去5年と比較して大きく落ち込んだものの、今年4月にはコロナ禍前の水準を回復しています。合板用については、落ち込み幅がそれほどでもなく、製材用よりも早く、2020年末には前年並みまで回復しています。

 製材・合板工場等は、生産調整等を行っていたため、急な需要増への対応が困難だったという側面はありますが、現在は生産を拡大させており、今年3~4月に素材供給量(工場入荷量)はコロナ禍前の水準にまで回復し、徐々に出荷量は増加しています。ただし、輸入材の代替需要を国産材で対応していくためには、素材生産量の拡大、サプライチェーンや建物の設計等の点で克服しなければならない課題が多く、梁材や集成材などの不足は、当面解消できないと見ています。

 

引き締まった需給状態が当面続く

 今後、世界のマーケットにおける木材価格については、短期的には、住宅価格の高騰によって住宅需要が沈静化し、それに伴って一定程度低下すると見ています。中長期的には、ライフスタイルの変化や、SDGsなどの観点から企業の環境対応等が強まっていくことから、世界における木材需要は引き続き高水準で推移する見込みです。一方で、供給については、虫害や火災といった気候変動の影響などによる供給不安等があり、需給関係は引き締まった状態が続くと考えられ、過去に比べると、木材価格は高水準で推移していくと見通しています。こうした中、日本が木材輸出を強化していくことで、海外の木材価格の影響をより受けやすくなるという可能性は考慮しておく必要があります。

 日本国内における木材需給については、国産材の需要回復を受けて、素材生産、木材製品の増産体制の構築が進んでおり、供給不足は解消へ進んでいくと見ています。一方、住宅市場については、夏までに工期延長や工事中断などが発生し、受注が滞る可能性があります。テレワークの普及に伴う住み替え需要により、注文住宅の着工戸数の回復が見込めますが、一方で雇用環境の悪化による住宅取得年齢層の購買意欲の低下や、足元の木材価格の高騰等により大幅な回復を見込めません。2021年度の住宅着工戸数は、1.7%増の82.6万戸と予想しています。

 「第三次ウッドショック」は、基本的に一過性の現象と考えていますが、コロナ禍の収束時期とも関連しており、短くても1年程度は継続する可能性があります。ただし、世界では、気候変動対策などの影響で木材需要が年々高まっているため、第三次ウッドショックが収束しても、過去の木材輸入環境には戻れない可能性が極めて高い状況です。これを機に、輸入材・製品の国産材代替に着手することやサプライチェーンを強化することが急務と考えられます。

農林中金総合研究所
https://www.nochuri.co.jp/