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特別寄稿 住宅と健康寿命

国土交通省は、厚生労働省と連携して「スマートウェルネス住宅等推進調査事業」を推進し、住宅の断熱化が健康に与える影響等について調査しています。今回は、同調査の委員会で幹事を務める慶應義塾大学の伊香賀俊治教授に、これまでに得られた知見および得られつつある知見の一部についてご紹介いただきました。

 

 

WHOの基準を満たさない住宅が9割

世界保健機関(WHO)は2018年11月、「WHO住宅と健康ガイドライン」を発表し、住まいの寒さ対策(冬季室内温度18℃以上)や住宅新築時と改修時の断熱工事、暑さ対策(室内熱中症)、住宅の安全対策、機能障害者対策などの推進を各国に勧告しました(図1)。

一方、厚生労働省が策定した日本の健康政策「21世紀における第二次国民健康づくり運動」(以下、健康 日本21(第二次))には、医学的なエビデンスが十分でないとして住環境に関する対策が含まれていません。そこで、国土交通省は厚生労働省と連携して、2014年度から「スマートウェルネス住宅等推進調査事業」(以下、SWH全国調査)に取り組んでいます。

このSWH全国調査は、断熱改修等による生活空間の温熱環境の改善が、居住者の健康状況に与える効果について検証するとともに、成果の普及啓発を通じて「健康・省エネ住宅」の整備を推進し、国民の健康確保および地域生活の発展を図ることを目的としています。

調査は、大きく分けて「断熱改修前後調査」と「長期コホート調査」の二つで構成されています。断熱改修前後調査は、断熱改修を予定している住宅を対象に、改修前後における居住者の血圧や活動量等といった健康への影響を検証するもので、2014~2018年度に実施されました。長期コホート調査は、断熱改修前後調査の基盤を活用し、長期的な追跡調査を行うもので、昨年度からスタートしています。

なお、断熱改修前後調査では、年間で調査した断熱改修前の住宅2,094軒について、部屋ごとの冬季平均室温度数分布を作成しています。これによると、居間の在宅中の平均室温は16.7℃で、WHOの冬季室内温度の勧告値である18℃を満たさない住宅が全体の6割を占めています。更に、寝室における就寝中の平均室温は12.6℃、脱衣所における在宅中の平均室温は12.8℃で、いずれも18℃未満だった住宅が9割を占めています。このように、調査対象のほとんどの住宅が、WHOの勧告値18℃以上を満たしていない状況でした。

家庭血圧と室温

①起床時最高血圧と室温

2014年度から2017年度までの4年間の断熱改修前後調査における有効サンプル1,844世帯、2,902名を対象に、マルチレベル多変量解析モデルを構築し、男女それぞれの平均的な生活習慣として、各年齢の起床時最高血圧と血圧測定時室温との関連を調査しました。

室温が20℃から10℃に低下した際に、30歳男性では血圧が3.8㎜Hg上昇し、80歳男性では10.2㎜Hg上昇しました(図2)。一方、30歳女性では5.3㎜Hg上昇し、80歳女性では11.6㎜Hg上昇しました。このように、高齢者ほど、そして男性よりも女性の方が室温の低下による血圧の上昇量が大きいことが確認されました。

また、血圧が最も低くなる室温は、30歳男性では20℃、80歳男性では25℃、30歳女性では22℃、70歳女性では25℃となり、高齢者・女性ほど室温を高くすることが血圧抑制には有効であることが分かりました。

②起床時最高血圧と室間温度差の関係

同調査では、居間・寝室の室温と最高血圧の関係(同調査の平均的な男性モデル)について調査しています。居間と寝室の室温の双方が、WHOの最低室温である18℃以上の場合には血圧は130㎜Hgでしたが、寝室が朝に10℃まで低下し、室間温度差が生じることによって132㎜Hgまで上昇しました。また、脱衣所が朝に10℃まで低下する場合においても同様の結果が得られました。この結果は、住宅の居室以外も暖め、室間温度差を小さく保つことが血圧の上昇を抑えるために大切であることを示唆しています。

③断熱改修による起床時血圧低下量

断熱改修を実施し、その前後2回の測定結果が得られた588軒・975人(改修あり群)と、断熱改修をせずに2回の測定結果が得られた68軒・108人(改修なし群)について、起床時の血圧変化量を分析しました。

断熱改修前の血圧値、年齢、性別、BMI、降圧剤、世帯所得、塩分摂取、野菜摂取、運動、喫煙、飲酒、睡眠、外気温、居間室温、外気温変化量で調整して条件を揃えた場合、断熱改修によって起床時の最高血圧が平均3.5㎜Hg、最低血圧が平均1.5㎜Hg低下することが分かりました(図3)。

「健康日本21(第二次)」では、2022年までの10年間で、国民の収縮期(最高)血圧の平均値を4㎜Hg低下させることを目標に、栄養・食生活、身体活動・運動、飲酒、降圧剤の服用などの対策が挙げられています。これにより、循環器疾患による死亡者数が15,000人減少すると推計されています。

単純に比較することはできないものの、この調査結果は住宅新築時の断熱性能の向上に加えて、既存住宅の断熱改修を積極的に推進することによって、最高血圧値がこの目標値と同水準まで低下することを期待し得る結果だと解釈できます。

健康診断数値と室温

健康診断の数値と室温との関連を調べるために、年齢、性別、世帯所得、生活習慣を調整変数とした多重ロジスティック回帰分析を行いました。それによると、朝5時の居間の室温が18℃未満の住宅(寒冷住宅群)に住む人のうち、総コレステロール値が基準範囲を超える人のいる割合が、18℃以上の住宅(温暖住宅群)に対して2.6倍になるという結果が出ました。同様に、LDL(悪玉)コレステロール値については1.6倍、心電図に異常所見が見られる人は1.9倍となり、それぞれ有意に多くなりました(図4)。

寒冷な室内環境は、高血圧の状態を引き起こします。それが血管壁を傷付け、その傷にコレステロールが沈着することで動脈硬化が促進されることが知られています。これを原因として、寒冷住宅群においてコレステロール値が高くなったと想定されます。

過活動膀胱と室温

日本における過活動膀胱の患者数は約800万人以上と言われています。過活動膀胱とは、「急に尿意をもよおし、漏れそうで我慢できない(尿意切迫感)」「トイレが近い(頻尿)、夜中に何度もトイレに起きる(夜間頻尿)」などの症状を起こす病気です。これによって、睡眠の質の低下や、寒く暗い夜間にトイレに行く途中での転倒による骨折、心筋梗塞や脳卒中の発生につながることなどが懸念されています。

断熱改修前の現状分析の結果、就寝前の室温が12℃未満の低温となる住宅では、18℃以上の温暖な住宅と比較して、過活動膀胱の症状を有する人がいる割合が1.6倍になりました。また、断熱改修後に就寝前の居間の室温が2.5℃以上上昇した住宅(室温上昇群)では、過活動膀胱の症状を有する人の割合が半分に減少しました(図5)。ただし、断熱改修後に床や窓の表面温度が上がることで寒さが緩和され、断熱改修前よりも暖房を使わなくなったことなどを一因として、断熱改修後に室温が2.5℃以上低下した住宅(室温低下群)では、症状を有する人の割合が1.8倍に増加しています。断熱改修工事と併せて、暖房の適切な使い方(住まい方)について助言することが大切だと言えそうです。

入浴習慣と室温

家庭および居住施設の浴槽での溺死者数は増加の一途を辿り、過去10年間で1.6倍に増えています。2018年には4,821人(65歳以上が約9割)に達し、減少し続ける交通事故の死者数3,061人(2018年)とは対照的に、1.6倍にもなっています。このため、消費者庁は厚生労働省の入浴関連事故研究班の調査報告書などに基づき、安全な入浴方法の目安として、「入浴前に脱衣所や浴室を暖める」「湯温は41度以下、湯につかる時間は10分までを目安に」などの注意喚起を、2015年度から毎年行っています。なお、溺死を含め、何らかの病気で入浴中に死亡した人は19,000人とも推計されており、家庭および居住施設の浴槽回りは特に注意が必要です。

入浴事故につながりやすい危険な入浴をする人の割合は、居間と脱衣所がともに18℃以上の住宅に比べて、居間が18℃以上でも脱衣所が18℃未満の住宅、および居間・脱衣所ともに18℃未満の住宅では約1.8倍も多くなりました(図6)。

更に、入浴事故につながりやすい危険な高温入浴をする人の割合は、断熱改修後に居間または脱衣所のどちらかの室温が低下した住宅では有意な変化がないのに対して、居間と脱衣所の室温がともに上昇した住宅では、短期的にも有意に減少することが分かりました。

各種疾病通院割合と上下温度差

各種疾病通院割合と室内の上下温度との関連を調べるために、床上1mの室温と床に近い場所の温度(床近傍室温)の組み合わせで、床上1mが18℃以上で床近傍室温が16℃以上の温暖群、床上1mが18℃以上で床近傍室温が16℃未満の中間群、床上1mが18℃未満で床近傍室温が16℃未満の寒冷群の3群に分け、性別、年齢、BMI、世帯所得、運動習慣、喫煙習慣、塩分摂取、飲酒習慣を調整変数とした多重ロジスティック回帰分析を行いました。

これによると、温暖群を基準として、上下温度差の大きい中間群では、高血圧で通院している人の割合が約1.7倍有意に多い結果となりました(図7)。これは、寒冷群と同レベルの結果で、暖房によって室内を暖かくするとともに、断熱改修によって床近傍を暖かくすることが大切だということを示唆しています。そのほか、脂質異常症や糖尿病、骨折・ねんざ等においても、寒冷群では通院している確率が有意に増加しています。

住宅内身体活動量と室温

断熱改修前後の分析によって、住宅内の軽強度(1.6METs)以上の活動時間の変化を試算しています。こたつ、および脱衣所暖房が不要なほど暖かい環境になることで、男性は1日当たり、65歳未満で約23分、65歳以上で約35分の増加となりました。女性は、脱衣所の暖房が不要なほど暖かい環境になると、65歳未満で約27分、65歳以上で約34分増加しました。また、脱衣所の暖房を始めることで、それぞれ約14分、約17分の増加が期待できます。

厚生労働省の「健康づくりのための身体活動基準2013」では、糖尿病・循環器疾患等の予防の観点から、現在の身体活動量を少しでも増やすことを世代共通の方向性とし、活動指針として「+10(プラステン):今より10分多く体を動かそう」をメインメッセージとした活動を推進しています。断熱改修によって室温が上昇する場合、住宅内での暖房習慣の変化といった行動変容を通じて、身体活動の増進に寄与する可能性が示唆されています。

 

継続して調査を進める

国土交通省では、「SWH全国調査(2014~2018年度)」の結果の分析を継続的に進めています。長期的な追跡調査(長期コホート調査)を通じて、今後も順次、成果報告を行っていく予定です。