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特別講演 挑戦することの重要さ

 11月12日の素適木材倶楽部の総会にて、柔道家の古賀稔彦氏の講演が行われました。バルセロナオリンピックにおいて、大会直前に左膝内側側副靭帯損傷の大けがを負いながらも金メダルを獲得した古賀氏に、自らの才能を表に引き出して夢を実現する方法について、語っていただきました。

 

「天才」とは特別な人のことではない

経済や教育、料理、スポーツなど、様々な分野において、他の誰にも成し遂げられないような偉大な成果を上げたり、素晴らしい戦いを繰り広げたり、堂々たる成績を残したことなどにより、周囲から「天才」と称される人がいます。日本のスポーツ界においても、現在・過去を問わず「天才」と呼ばれるほどの選手が何人もおり、大変光栄なことに柔道家として私の名前を挙げられる方もいらっしゃいます。
多くの方は、「天才」のことを普通の人では到底できないようなことができる、特別な人間だと思っています。しかし、私は「天才」とは文字通り「天が与えた才能」のことだと考えています。人は誰もが多くの才能を秘めており、その意味で全ての人が「天才」なのです。例えば、少しだけ走るのが速い、人に優しくできる、頑張る気持ちが強いといったことも身近な才能です。その上で、周囲から「天才」と称されるほどにまでになった人たちは、自らが秘めている才能をより表に引き出すために、挑戦を続けてきた人たちなのです。
何かに挑戦する前に、頭で考えて答えを出し、諦めてしまうことがあると思います。例えば、自分は運動が苦手だからスポーツをしてもきっと身に着かないなどと、挑戦する前から「できない」という答えを出した経験はないでしょうか。しかし、事前に頭の中で出した答えと、挑戦後に実際に得られた答えとでは、全く異なることがあります。頭の中で考えているだけでは、努力を実感することはできませんし、苦しさや厳しさも実感できません。そして、それらを乗り越えた先にある感動を味わうこともできないのです。
挑戦してこそ努力の大切さが学べ、歩んできた道を振り返ることで仲間の存在に気が付きます。挑戦することで、私たちは人生において多くのものを手にすることができるのです。

 

成功者に共通する性格は「欲」

挑戦し続けることで才能を表に引き出し、結果を出し続けた選手が柔道界にもいます。その代表的な人物が、「ヤワラちゃん」こと谷亮子さんです。彼女は、身長146㎝という本当に小柄な体格で常に挑戦を続け、約16年間にわたって世界チャンピオンであり続けました。これは、彼女自身の性格と考え方が、持っている才能を後押ししてきたからだと私は思っています。そして、この性格と考え方は、夢を実現できた人に共通したものです。谷さんに限らず、私自身も現役当時、そして現在も何かに挑戦する時には意識しているもので、私の教え子の一人であり、女子柔道でオリンピック2連覇を成し遂げた谷本歩実さんも持っていたものです。
まず、自分の夢を実現できる性格とは、一言で言えば「欲」です。自分が思い描くような人間になりたいという「欲」で、心の中を満たせば満たすほど、必死に努力できる性格になるということです。私は、努力には「やらされる努力」と「望む努力」の2種類があると思っています。「やらされる努力」では、残念ながらどんなに取り組んだところで、心には拒否反応が生じてしまい、決して身に着くことはありません。辛い思いをする中で、いつしか好きだったものが嫌いになり、ピンチに陥った時に簡単に諦めてしまうのです。
一方で、「望む努力」をする人は、やればやるほど身に着きます。勝負に勝った時は、「努力して良かった。もっと努力して更に大きな勝利をつかもう」と努力を続けます。たとえ負けたとしても、「次は絶対に勝とう」とまた努力を重ねるのです。そして、ピンチに陥ったとしても絶対に諦めない、強い精神力を生み出すことができるのです。
努力の水準は、取り組む人次第です。少し頑張っただけで、「私は精一杯努力している」と主張する人も中にはいます。しかし、貪欲により高みに立つ自分を追い求め、際限なく努力し続ける人もいるのです。夢を実現できる人は、自分の「欲」を人一倍にとどまらず、人二倍、人三倍にも引き出して限りなく努力することにより、それに応じたチャンスを手に入れているのです。
日々成長を続けていくためには、まずは自分の力の限界を知る必要があります。そうして、初めて101%の自分に挑戦できます。このわずか1%に挑戦する「欲」を積み重ねることで、人は成長できるのです。

 

「欠点」を「長所」に変える考え方

次に、夢を実現できる考え方とは、自分の「欠点」を素直に認めることができるということです。人は誰しも、長所を自覚し、賞賛の言葉は素直に受け止められます。一方で、自分の欠点についてはなかなか認めることができず、周囲からの忠告に素直に耳を傾けることができません。しかし、自分の長所を超一流に磨き上げるとともに、どれだけ自分の欠点を克服してきたかで、その人の真価が問われると私は思っています。
夢に向かっていくつもの壁を乗り越えていくためには、長所を増やしていく必要があります。そのためには、まずは自分の欠点を一つ認め、それを克服することです。これにより長所が一つ増えます。こうして、欠点を克服すればするだけ長所を増やせます。欠点を長所に変えられるほどの努力ができるからこそ、夢を実現できるチャンスをも勝ち取ることができるのです。

 

「恩返し」が大きな力を生む

皆さんも、これまで多くの夢に向かって挑戦してきたと思います。その際には、家族をはじめ、周囲からも多くのサポートを受け、その人達に対して何らかの「恩返し」をしてきたと思います。人は、自分のためだけではなく、誰かのためにと思った瞬間に、自分が持っている以上の力を発揮できるようになります。目の前の現実から逃げ出さず、家族や仲間のためにそれを乗り越えようとすることで、驚くほどの力を生み出すことができるのです。
私がこれを自覚したのは、20歳の時に挑んだソウルオリンピックでした。オリンピックでは、柔道は常に金メダルが期待されてます。私も優勝候補の一人に数えられて大きな注目を浴び、ソウルに発つ成田空港では多くの声援を掛けていただきました。しかし、この時は残念ながら三回戦敗退という結果に終わりました。これに対し、メディアはかなり厳しい論調で記事を掲載し、帰国した私は冷ややかな対応にさらされました。
私自身は、金メダルを目指して精一杯に戦い、真剣勝負の結果として負けました。なぜあれほどまでに非難されなければならないのかと、人間不信に陥りました。街に出ると陰口を叩かれているように感じられ、外出も控えるようになりました。そのような中、ソウルオリンピックの特番で私の試合を観る機会があり、これに大変なショックを受けたのです。私の試合後、カメラは観客席で応援していた私の両親の姿を捉えました。私はそれまで、両親は負けた後も自分を見守ってくれていたのだろうと勝手に思い込んでいました。しかし、そこには、私に背を向けて観客席に向かって何度も深々と頭を下げている両親の姿が映し出されていました。もしも私が優勝していたならば、応援団への感謝の気持ちで頭を下げていたのでしょう。しかし、両親は「わざわざ応援に来ていただいたのに申し訳ございません」という謝罪を繰り返していたのです。
私は一気に恥ずかしくなりました。まるで悲劇の主人公のように嘆いていましたが、戦っていたのは自分だけではないのだということを、この姿に教えられたのです。家族、一緒に練習をしてきた多くの仲間達、そして、純粋に応援してくれた人達など、私は実に多くの人々に支えてもらっていたということに、ようやく気が付いたのです。私が勝てば同じように喜び、負ければ私以上に悔しがってくれる人達に私は囲まれていたのです。「彼らに二度とこんな思いをさせてはいけない。そして、次こそは喜びを分かち合いたい」とこの時に決心しました。何より、彼らが喜んでいる姿を私が見たかったのです。
それ以降、私は勝負の場に立つ前に自分を取り巻く環境を必ず振り返るようになりました。これにより、自分は一人ではないという安心感を持って勝負に挑めるようになりました。ソウルオリンピックという夢の舞台で負けたショックは大きなものでしたが、それ以上に、人は決して一人ではないと感じられる貴重な体験をし、その後の大きな財産とすることができたのです。
二度目の出場となったバルセロナオリンピックでは、事前の練習中にけがをするというアクシデントに見舞われました。それでも、どんな状況、どんな状態であろうと絶対に「恩返し」するという強い気持ちは揺るがず、逆にそのけががあったことで更に多くのサポートをいただき、金メダルを取ることができたのです。

 

「たら・れば」を感じる時こそがチャンス

 

「あの時ああできていたら」「もっとこうしていれば」などと、一度は思ったことがあると思います。スポーツの世界においては、この「たら・れば」は禁句と言われます。しかし、私は成長できる人とできない人の差、言い換えれば、夢を実現できる人とできない人の差は、この「たら・れば」を感じた後の行動に現れてくると思っています。現役を引退する時、果たして自分はどんな瞬間に成長してきたのかと、これまでの柔道人生を振り返りました。そして気付いたのは、自分が大きく成長したのは「たら・れば」を思った次の瞬間だということです。
成長できる人は常に良いことばかりを考え、できない人は悪いことばかりを考えているというわけではありません。それぞれ平等に良いこともあれば、悪いことも起きます。何か「たら・れば」を思うことがあったとしても、平等に次の朝を迎え、再びスタートラインに並び直します。重要なことは、この時どちらの方向を向いているかということです。
成長できる人間は、たとえ「たら・れば」を感じていても、そこには夢の実現を願う自分がいるのです。これからの人生を望む自分がいて、そのために誰かに頼ることができる自分がいます。だからこそ、「たら・れば」を教訓として次に生かすことができるのです。こうした人からは、これからの生き方に対する知恵が生まれます。知恵が生まれれば行動に移すことができ、生きる力が溢れてくるでしょう。そうすれば、その後の人生には自ずと「希望」が見えてくるに違いありません。
しかし、成長できない人間は、夢を願わないし、望まない、誰にも頼ることができない、そして、「たら・れば」をいつまでも後悔の材料として自らに提供してしまうのです。そんな人からは、自分や周囲、社会に対する愚痴と言い訳しか出てこないのであり、これが「絶望」につながっていくのかもしれません。
私も若いころは、当然のように「たら・れば」を考えてはいけないと思っていました。それでも、強くなりたい、日本一になりたい、世界一になりたいと強く願う自分がいて、希望を見いだしていける自分がいたことに気が付きました。「たら・れば」は、ピンチではなく、希望につながるチャンスだと思えるようになったのです。皆さんも今後、「たら・れば」を思う瞬間が何度もあるかもしれません。しかし、その瞬間こそが自分の希望を見いだすチャンスだと思えれば、「たら・れば」とも素直に向き合うことができるのではないでしょうか。

 

当たり前のことを当たり前にやることの大切さ

私は、柔道選手として2000年に現役を引退しました。しかし、死ぬまで柔道家であり続けたいと、自宅に柔道場をつくり、町道場「古賀塾」を始めました。現在、幼稚園児から60歳代まで、100名程度の塾生が通っています。ここでは特に、日常生活の中で当たり前のことを当たり前にできることの大切さ、難しさを皆で学んでいます。例えば、誰かと会えば挨拶をする、困っている人がいれば助けるといったようなことです。こんなことは当たり前だと思われるかもしれませんが、現在では、大人になればなるほど、こうしたことができなくなってしまっています。ですから、まずは大人達が当たり前のことを当たり前にやっている姿を子供達に見せ、模範を示していく必要があると思っています。
この考え方は、柔道にもともと根付いているものです。講道館柔道の創始者である嘉納治五郎先生は、柔道を通じて自分の心を養えるようにと、いくつもの言葉を残しています。その中で最も代表的な言葉が、「精力善用」「自他共栄」です。「精力善用」とは、自分のエネルギーを常に世の中を良い方向に向かわせるように使いなさいということです。「自他共栄」とは、相手を敬いながらともに前進していこうといった意味です。つまり、「柔道家たる者、人の役に立つことこそが役割です」という教えです。私の町道場では、このことを子供達に分かりやすく伝えようと、塾五訓として以下を掲げ、毎日唱和してから稽古を開始しています。

 

これらは、日常生活において当たり前の言葉です。しかし、そんな基本的なことを実践していくうちに、人に優しくすることや、夢に向かって一生懸命に努力することなどが、自然とできるようになるのではないかと感じています。目の前に落ちているごみを拾えない人が、夢をつかみ取ることなどできないと、多くの教え子達とともに奮闘しています。
私は今後も自分の夢に向かい、そして後輩達の夢を実現するために挑戦し続けていきます。どうぞ皆さんもそれぞれの夢に向かって挑戦し続けていただきたいと思います。本日はありがとうございます。