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特別講演 理念の現場力による勝てる組織の創り方 ~キリンビール高知支店の奇跡に学ぶ~

 売上で苦戦していたキリンビール㈱の業績をV字回復させた要因は何か。営業の基本となる「理念」を大切にする仕事の姿勢について、元キリンビール㈱副社長で、現在、100年プランニング㈱代表の田村潤氏によるナイスパートナー会連合会総会での講演をまとめました。

 

 

5万人のお客様の声に学ぶ
 
 私がキリンビール㈱に入社した1973年、同社の全国シェアは6割を超え、独占禁止法への配慮からシェア拡大を自粛するほどでした。そのため、内向きで官僚的な社風が醸成され、お客様のことは二の次となっていました。しかし、1987年にアサヒビール㈱が「アサヒスーパードライ」を発売すると、シェアは一気に50%近くまで急落しました。私が高知支店長となったのは、依然としてシェアが落ち続けている1995年でした。翌年、苦すぎるという意見からトップブランドである「キリンラガービール」の味が変えられ、苦いビールが好まれる高知県でのシェアが、四十数年ぶりに2位に転落するという事態に陥りました。
当時のキリンビールの販売手法は、問屋にお願いして仕入れてもらうというものです。これでは、商品力が低下し、一般消費者に選ばれなくなると業績を上げる術はありません。組織の強さとは、決めたことをやり切る力です。そこで、まずは仕事をやり切る文化だけはつくろうと、例えば料飲店を毎月200軒訪問するといった具体的な目標を社員自らに決めてもらい、その結果がどうだったかを毎月リーダーとメンバーとが確認することにしました。当初は挫折しかけた社員もいましたが、4カ月もすると訪問することに体が慣れ、スムーズにこなすようになっていきました。単純なことでも積み重ねていけば力がついていきます。
しかし、残念ながらこれだけでは業績は上向きません。ここで一度、キリンビールの強みとは何かという原点に立ち戻りました。経営理念には「お客様本位」「品質本位」とありましたが、これは抽象的です。苦悩する中で、宴席などにも積極的に出席してお客様の話に耳を傾け続けました。1回の宴席で20人、私だけで年間約5,000人、支店全体では5万人以上と対話しました。そうする中で、キリンビールの本質は「挑戦」にあると気付かされました。食品メーカーは、一般的にリスクを恐れて人気商品の味を変えませんが、キリンビールはその常識に反し、味の試行錯誤を重ねる会社でした。つまり、お客様に常に最高のビールを提供し、喜んでいただくことに「挑戦」する会社だったのです。
また、多くの人と話す中で、ほとんどの人は「味」ではなく「情報」でビールを選ぶということを感じるようになりました。「両親がおいしそうに飲んでいた」「キリンビールを飲めば明日も頑張ろうと思えた」といった声が聞かれました。こうした心の中で蓄積されたメッセージがブランド力であり、目の前のビールをよりおいしくさせているのです。お客様の人生の大切なシーンの中にキリンビールがあり、私たちの商品が社会の役に立ってきたということに、これまで思いが及んでいませんでした。ブランド力を上げてお客様の心を変え、おいしいと感じていただくことでしか業績は上がりません。本社からの指示を一生懸命にこなすだけでは分からなかったことです。 
 

 

「理念」に向かって徹底的に努力する
 

やるべきことは決まりましたが、苦みの強いビールを好む傾向にある高知県において、キリンラガービールの味の変更に対する反発は根強くありました。そのような状況下の1998年、高知支店を訪れた当時の社長に対し、一人の女性社員が「味を元に戻すべきです」と直談判しました。「味は半分元に戻すが、批判されるから公表はしない」と言う社長に、女性社員は立ち上がり「多くのお客様が望んでいるのに、あなたは卑怯者です」と詰め寄りました。社長はこれに激怒しましたが、結果的にそれが功を奏し、翌日、報道に対し「現場の声を受けてキリンラガービールの味を元に戻します」と語り、これが全国紙に掲載されました。ここから高知支店の反撃が始まります。
キリンビールの理念は、お客様に喜んでいただくことです。ですから、高知の方々がキリンビールを飲んで仕事を頑張ろうと思っていただくことが私たちの使命でした。ただし、お客様は最も売れている人気のビールを飲みたいと口を揃えます。ということは、どこにでもキリンビールがあり、これこそが自分たちにふさわしいと感じていただくほかありません。これは、可能か不可能かではありません。追求しているのは数字ではなく、高知の方々に喜んでいただき、良い一日を過ごしてほしいという「理念」なのです。
あるべき姿が決まれば、行動が変わります。県内にある約2,700軒の料飲店への訪問を始めました。理論上、1店当たりの滞在時間を3分とすれば1年で全店へ訪問できることが分かりました。ですから、3分というわずかな時間で「よく来てくれた」と思っていただくために、知恵を出し合いました。これにより、キリンビールを置く料飲店が40%から45%と、1年間で5ポイント上昇しました。その後も毎年5ポイントずつ上がり、8年後には90%を超えました。この間、予算も人員も増やしてはいません。お客様に喜んでいただくために、行動の「スタイル」を貫き、絶えず工夫し続けたのです。
お客様の心を変えるには、ブランドの良さを伝えるしかありません。そのために、キリンビールを愛飲いただいている人を、「圧倒的」に大切にし、満足度を高めていきました。すると、他のお客様も自然にキリンビールを選ぶようになっていきました。この要因は口コミです。料飲店、小売店、消費者同士の間で、「キリンビールがいい」「困ったら助けてくれそうだ」という声が私たちの手を離れて広がっていきました。
全国ではキリンビールのシェアは下がり続け、2001年には四十数年ぶりに首位の座をアサヒビールに明け渡しました。しかし、同年、高知県では逆に5年ぶりの首位奪回に至ったのです。

 

「高知支店の奇跡」とは
 

高知支店がV字回復を成し遂げた大きな要因は、社員12人が自らの足で立ち上がり、仕事の立ち位置を変えたことによるものです。本社からの指示に従っていても状況が日々悪化する中、お客様に喜んでいただくという理念を実現するために、自分たちで主体的に行動するという「スタンス」が生まれたのです。決して、優秀な人間が配属されていたからではありません。また、「ローカル(個別性)」を追求することで「グローバル(普遍性)」を手にしました。ビールも住宅もローカルに属するものであり、ローカルとは突き詰めれば目の前のお客様そのものです。徹底的に現場に入り、目の前の事象を掘り下げていくことで、景気や風潮、競合他社の動きによって左右される人の心を、全体のムーブメントとして捉えられるようになったのです。ローカルにこそ本質があり、これがグローバルに通じていくのです。
その後、全国でのシェアが38%と減少する中、高知県におけるシェアは70%を突破しました。都道府県別でのシェアで2位の愛知県ですら44%です。売上高を向上させるノウハウは、高知支店には一つもありませんでした。うまくいくまで社員が知恵を出し合い、徹底的にやり切っただけです。これにより、日々イノベーションを起こし、ノウハウを更新していく集団、個々のお客様への最適解を導き出せる、百戦百勝のチームが誕生したのです。

 

基本を「愚直に地道に徹底的に」
 

2002年に四国地区本部長、2004年には東海地区本部長となり、高知支店での方法を踏襲して業績を回復させました。まずは、「愚直に地道に徹底的に」基本を身に着けさせました。いくら良い戦略を立てても、実行できなければ「絵に描いた餅」です。企業間の競争力の格差は実行力の差から生じ、実行力は基本の徹底からしか生まれません。そして、営業の基本はお客様のところへどれだけ足を運んだかです。基本を身に着けさせるのは、営業の自由度を高めるためです。一人ひとり違うお客様に対して主体的に行動させるには、何よりも基本が必要なのです。
ただし、自由にさせるには目標を定める必要があります。上から指示された目標をできる範囲で処理するというやり方は、売り上げが急降下する高知支店では採れませんでした。そのため、最上位の目標として「理念の実現」を据えました。目標はやり切らないと意味がないものです。ですから、お客様に喜んでいただくための戦略を構築し、今日やる仕事にまで落とし込まないといけないのです。組織には一貫性が必要で、それには「理念」が重要です。経営理念と今やるべき仕事は別の次元で語られがちですが、二つを縦の軸で結び付けるべきなのです。
東海地区本部長は3年間務めました。「名古屋の料飲店を全てキリンビールにしろ、ただしお金は使うな」というセリフを、私に3年間で1,000回は言われたとある社員から告げられました。つまり、ほぼ毎日、会うたびに言われたということです。料飲店への営業にはお金がかかります。お金を使わずにというのは不可能なことですから、最初の半年間はほぼ聞き流されました。ところが、常に言われ続けると不思議なもので、半年後にはその気になり、あらゆる工夫が始まりました。ある社員は、それまでの6倍以上のペースで得意先様を訪問し、得意先様と顔を合わせると、何を考えているか、競合他社が来たかどうかも分かるようになったとまで言い出しました。理屈ではなく、市場の動きが体で感じられるようになったのです。
2007年からは本社の営業本部長に就きました。約4,000人の部下との対話集会を何度も行い、「正解などないから動け」「市場の動きをつくり出せ」と言い続けました。自分の力を信じ、諦めずに目の前の壁を突破する原動力もまた、「理念」なのです。プランを立てる前に調査をすると、必ず弱点から見つかってきます。しかし、お客様が求めているのは、弱点の克服ではなく、強みの強化であり、キリンビール「らしさ」なのです。この苦味こそが素晴らしいと、あらゆる手段を駆使して言い切れる強さが社員には必要なのです。そして2009年、9年ぶりに全国シェアでの首位奪回を果たしました。
正解は何かを考え抜く覚悟と、実行する覚悟を持ち、全員がリーダーであるという意識を持って取り組み続ければ、何事も成し遂げられます。リーダーは、数字にはこだわって下さい。数字こそが自らの正しさを証明してくれます。ただし、部下を数字で追い込んでも業績は上がりません。お客様のことを考えた主体的な行動が実行できれば、結果は必ず付いてきます。また、他人のせいにするのは論外です。「高知支店の奇跡」は、全員が当事者意識を持って、本社に責任を転嫁しなかったからこそ実現できました。本社の指示待ちから脱却し、本社が出すキャンペーンと商品を活用して、高知の人にいかに喜んでもらうかを突き詰めた結果なのです。

 

営業活動が「ブランド」をつくる
 

高知支店が磨いたのは「ノウハウ」ではなく、自分たちで考えて主体的に行動するという「スタイル」です。これは競合他社にはまねができません。この「スタイル」を確立できれば、圧倒的な競合優位に立てるのです。キリンビールが9年ぶりにトップシェアを奪回した要因はこの「スタイル」を貫き、営業活動によってブランド力を高めたからです。ブランド力の向上には、本社による商品・広告戦略も大切ですが、営業活動を通じた社員の「伝える力」が何よりも重要です。ブランド力が上がれば、不当な安売りが減り、企業活動が効率化されます。お客様も必ず喜びます。それを自分たちの営業活動で創造していくのです。
私たちは、仕事を前年対比で考えがちです。これは、昨年より頑張って少しずつあるべき姿、理念に近付こうというものです。しかし現在、世界で活躍している企業は前年対比で仕事を捉えてはいません。理念を実現するために現実を変革していくことで、昨年の延長線上にない非連続的な成長を遂げているのです。企業は世の中に必要とされているからこそ存在します。こうした企業は、世の中にもっと必要とされ、無くてはならない存在になりたいという思いが強いのです。
高知支店を例に挙げると、全てをキリンビールにしたいという理念がある一方、料飲店のシェア40%という現実があります。ここにギャップがあり、これを埋めていくのが仕事です。そのためには、顧客視点に立つシンプルな戦略・戦術を構築し、「主体性」を発揮させるための基礎体力をつけ、「諦めない」風土をつくり、現場力とブランドの強化を図っていく必要があります。

 

顧客満足度は生産性も高める
 

大切なことは、戦略と理念と実行力の3つです。理念に基づいて実行すれば、お客様はここまでしてくれるのかと喜び、現場はモチベーションが向上し、それにより更に実行力が上昇します。実行力が上がれば、お客様や商品のことが良く分かり、より良い戦略を思いつけるようになります。そして、良い戦略が出れば出るほど現場はやる気が出て、更に実行力が上がり、ますますお客様に喜んでいただけるのです。この3つがスパイラルで上昇していきました。
このスパイラルを起こせれば、高い顧客満足度、高い生産性、高い組織能力、そして社員の心豊かな人生が得られます。実は、顧客満足度を追求すれば生産性は上がります。本社に着任して3年で顧客満足度が2倍に伸び、4年で営業費・広告費が3割も下がりました。お客様にもっと喜んでいただくためには、もっと予算や人員が必要だと考える局面があります。そこで、あらゆる無駄を省き、そこからお金や時間を捻出すれば良いという発想に至るのです。顧客満足度を追求すれば、限られた条件の中でやり切る方法を自然と探すようになります。
また、この連鎖を作用させるには、考え続ける姿勢が必要です。会社やチームへの帰属意識があれば、頭の中で日々考え続け、ある時に突破する瞬間が訪れます。帰属意識を高めるには、それぞれが持っている情報量を平等にすることです。私はこれを「平等の原則」と呼んでいます。リーダーもメンバーも、与えられた役割を100%全うするという意味では平等です。その上で正直に議論して、結論を出し、責任をもって遂行するべきであり、その前提として各自が持っている情報量は平等でなければならないのです。部下は信頼され必要とされていると感じ、モチベーションが上がります。「木を見て森を見ず」と「神は細部に宿る」という相反する言葉があります。顧客との接点にこそ本質があります。しかし、自社や業界がどの方向に進んでいるかなど、全体を俯瞰できないと細部がよく見えません。逆に細部を見ないと全体を見誤ります。
マネジメントサイクルは、よく言う「PDCA(Plan-Do-Check-Action)」ではなく、「STPD(See-Think-Plan-Do)」だと考えています。正しいプランをいかにつくり上げるかが肝要なのです。現場をじっと見て、手を打ってみる。そして、また現場をじっと見るということを繰り返して下さい。最良のプランは、徹底した現場主義から生まれます。あたかも目の前の井戸を掘り続けるように、手を打っては、じっと見る。また手を打っては考える、ということを諦めずに繰り返せば、必ず突き抜ける時が訪れます。
私がキリンビールを退職する際、社員は「人生が変わった」「幸せになった」と口にしました。しかし、私自身は、社員を幸せにしようと仕事をしてきたわけでなく、あくまでも業績を上げようとしてきただけです。お客様に幸せになっていただきたい、そのために決めたことは絶対やり切るという姿勢が、結果として社員の幸福につながりました。私たちは、自分のためではなくお客様の幸せのために競合他社の戦いに勝ち続ける必要がありました。勝ち続けたこと、そこに社員の幸せがあったのです。

 

波動が人を動かす
 

最後に、高知支店にいた女性社員の話をします。彼女は現在、子育てや少子化問題について高知県知事のブレーンなどを務めていますが、当初は平凡な事務員でした。しかし、「平等の原則」により自分もチームの一員であることを自覚し、姿勢が積極的に変わりました。仕事を認められることで、様々な気付きが生まれ、成長を遂げたのです。
彼女は、出産後に閉塞感に苛まれていましたが、子育てサークルを立ち上げ、困っているお母さんたちを助けるという理念に向かって行動を開始しました。高知支店の本質はまず行動であり、行動が周囲との関係を変化させると学んでいたからです。子どもを連れて3万枚のチラシを配るなど、熱意を持って積極的に活動し、周囲を巻き込みながら乳幼児を連れて参加できるコンサートやイベントを次々と成功させました。思いや波動に打たれ、何かを感じるから人は動くのです。
人は、自分のためだけに頑張ることは苦手です。応援してくれる人がいたから頑張れたといった、スポーツ選手のコメントを聞いたことがあると思います。他者との共感のやりとりで、ビジネスマンも潜在能力が一気に開花するのだと思います。キリンビールがトップシェアを奪回した背景にも、得意先様との心のやりとりがありました。自分の利益のためだけでなく、一生懸命やってくれる姿に相手も共感を覚えます。お客様との間で共感のキャッチボールが行われていく中で、一人ひとりが別人のように成長していくのです。
会社には必ず、実現すべき使命があります。必要とされているから今日があるのです。もっと必要とされるには、社会を良くするにはどうすれば良いのか、そこに心を置き換えると様々な問題を乗り越えられるはずです。地域の雄である皆様のご活躍を心からお祈りしています。