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特別寄稿 国土交通省スマートウェルネス住宅等推進調査事業成果報告 住環境における温度と健康の関係~住まいの断熱化の重要性

 住宅の断熱化が居住者の健康に与える影響について、実証的なデータが明らかになってきています。今回は、国土交通省のスマートウェルネス住宅等推進調査委員会の幹事を務める慶應義塾大学の伊香賀俊治教授に、これまでの調査結果から得られつつある新たな知見についてご寄稿いただきました。

 

 

WHOが住まいの高断熱化を勧告
 

全国の冬季死亡増加率を見ると、暖かな住まいが健康にとっていかに大切な要素であるかが見えてきます。冬季死亡増加率とは、4~11月の月平均死亡者数に対する12~3月の増加割合のことです。2014年の人口動態統計によれば、全国の年間死亡者数は127万人であり、そのうち4~11月の死亡者数は80万人で月平均10万人、12~3月は47万人で月平均11.75万人であることから、冬季死亡増加率の全国平均は17.5%となります。冬季の死亡原因としては、心筋梗塞(こうそく)などの心疾患、脳血管疾患、肺炎をはじめとする呼吸器系疾患が6割を占めます。
都道府県別で比較すると、日本で最も寒冷な北海道の冬季死亡増加率が10%であるのに対し、やや温暖な栃木県の増加率が25%と最も高く、北海道の2.5倍に上ります。これは、断熱住宅の普及率と無関係ではありません。2008年に総務省が実施した住宅・土地統計調査によれば、二重サッシまたは複層ガラス窓があり、断熱が施された住宅の普及率は、全国平均で約24%です。つまり日本の住宅の7割超は十分な断熱が施されていないということです。都道府県別に住宅の断熱化率を見てみると、北海道が最も高く約85%で栃木県は30.7%に過ぎません。今後、断熱住宅が寒冷でない地域でも普及すれば、冬季の死亡者数は減少すると考えられます。既存住宅の改修が、病気の予防や介護の予防、最終的には健康寿命の延伸につながっていくのです。
世界保健機関(WHO)は昨年11月、住まいの高断熱化がSDGsの達成にも寄与するとして、「WHO HOUSING AND HEALTH GUIDELINES」という住宅と健康に関するガイドラインを公表しました。ここでは、冬季の室温を18℃以上に保つことを強く勧告するとともに、新築、改修時の断熱化についても条件付きで勧告しています。健康施策を担う国際機関が、住宅に関してここまで踏み込んできているのです。

 

認知症・介護予防と暖かな住まい
 
 世界的にも関心が高まりつつある認知症予防について、内閣府の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の一つとして、住宅と脳の関係に関する調査を進めています。
高知県檮原(ゆすはら)町と山口県長門市の合計150名の方にご協力いただき、2年間で2回、脳ドックを実施しました。この調査では、暖かい住宅では65歳以上の高齢者の脳神経の経年劣化が有意に少ない傾向が見られ、居間の室温が1℃高い住宅で暮らす人の脳神経は、約2歳若いというデータが出ました。
高齢化の進む大阪府豊中市の千里ニュータウンでは、リハビリに通う80名の方を対象に住宅が要介護状態に与える影響を調査しました。60歳時点では要介護状態であった人は1人もいませんでしたが、真冬に脱衣所や廊下が平均12.4℃になる住宅では、自立生活が可能な人の割合が半分となる半減期が76歳という結果になりました。一方、平均室温が14.6℃と断熱性能が良い住宅では、半減期が80歳と4歳の差が生じました。その後、更に綿密な調査を進め、寒冷な住宅では要介護度が悪化する確率が2.7倍も高いことが分かってきています。
厚生労働省のデータによると、男性の要介護期間は9年、女性は12~13年と推測されています。また、要介護状態になった際の年間自己負担額は約80万円という試算があります。これを踏まえれば、例えば断熱リフォームに200~300万円をかけたとしても、すぐに回収できることになります。
また、全国27の介護施設においても、温熱環境と入居されている方の血圧、口内の衛生状態、要介護の状態も細かく調査しました。WHOのガイドラインでは、室温の基準は18℃としていますが、高齢者に対しては更に暖かい21℃以上を勧めています。そこで、昼間に過ごす部屋の室温が21℃以上で、就寝する部屋は18℃以上という条件を満たす施設と、満たさない施設とを比較しました。この結果では、1~2℃室温が低いだけで、1.5倍も要介護度が悪化しやすいという結果が得られました(図1)。更に、湿度の影響も大きく、冬場の室内の相対湿度が30%未満であると、要介護度の悪化度が2倍になることも分かりました。
このうち、ある施設では、528カ所の窓について単板ガラスを真空複層ガラスに交換するという断熱改修を実施しました。これにより、推奨室温である21℃以上の時間の割合が22%から84%にまで上昇し、血圧が平均で17.9㎜Hgも下がりました。血圧がこれだけ下がると、多くの疾病の発症確率が格段に下がります。
これらは、入居者やそのご家族はもちろん、離職問題を抱える介護施設の経営者にとっても重要なデータと言えます。要介護度が悪化すれば介護職員の負担も増し、過重な負担を強いられることで離職率が高まるという悪循環が生じます。施設を高断熱化すれば、入居者も快適で、かつ経営も順調になりやすいということです。
 
 
 
住宅が向上させる子どもたちの能力
 

幼児期の身体活動の不足が、小児の肥満や、体温調節機能の発達不全、運動能力機能の低下と相関関係にあるとされています。これに対し、文部科学省やWHOから幼児期の運動指針が示されています。「スキャモンの発達曲線」によれば、6歳までに神経系の約9割が形成され、小学校に入学するまでにいかに体を動かすかが、その後の学力にも大きく影響するとも言われます。
三重・広島・高知県にある7つの幼稚園において、幼稚園の保育室及び自宅の温湿度環境と、園児の病欠理由や活動量との関係を調査しました。ここでは、室温12.5℃以上、湿度52.5%以上の温暖な寝室で眠る園児は、そうでない園児の4.2倍も病欠しにくいことが分かりました。身体活動についても、やはり温暖で高湿度な寝室だと、低温で低湿度な寝室と比べて活発な園児が6.2倍も多くなりました(図2)。また、保育室についても同様に、低温高湿に比べて高温低湿の保育室の方が活動量の多い園児が5.2倍に達しました。
ある幼稚園では、建て替えにより、床暖房が設置され、園庭も芝生となり、園児たちが積極的に遊びたくなる施設に生まれ変わりました。これにより、園児の活発な活動時間が平均で12分も増えました。このように、活動時間が増えれば自ずと運動能力が向上し、学習能力も身に着けながら成長していくと考えられます。
この調査では、自宅と保育室が暖かいと、園児の毎日の運動量が増えて病欠が減る、ということを数字として実証できたことに、大きな意味があります。これは、園児の両親である30~40歳代の保護者層に非常に響くデータです。マイホームを検討している世代へこうした情報が正しく伝われば、意識して断熱住宅を選ぶ可能性が高まります。賃貸住宅市場においても、断熱化が意識されるようになっていくでしょう。
また、横浜市と慶應義塾大学、ナイスグループとの産官学連携で運営している「スマートウェルネス体感パビリオン」では、大学生を対象に、木質内装が睡眠の質や作業能率に及ぼす影響を計測しています。その結果、内装が木質化された部屋は、香りの効果も加わり、熟睡時間が平均より長く、リラックスするというデータが出ています。また、木質内装化された部屋で眠った人について、翌朝に行った作業の成績が向上するという傾向も見られました。この大学生を新入社員に置き換えれば、社宅の内装やインテリアに本物の木を使えば翌日の仕事の生産性が上がるという可能性が考えられます。あるいは、子ども部屋の内装を木質化すれば、学習効率が上がると言えるかもしれません。

 

 

スマートウェルネス住宅等推進調査事業
 

国土交通省では、2014年からスマートウェルネス住宅等推進調査事業を実施しており、私も幹事として参加しています。この事業は、断熱改修等による生活空間の温熱環境の改善が、居住者の健康状況に与える効果について検証するとともに、成果の普及啓発を通じて「健康・省エネ」の整備を推進し、国民の健康確保及び地域生活の発展を図ることを目的としています。
加えて、厚生労働省は、2014年に策定した「21世紀における第2次国民健康づくり運動(健康日本21(第2次))」において、国民の血圧を平均4㎜Hg下げれば、脳卒中や心筋梗塞(こうそく)といった循環器疾患の患者を年間15,000人減らせるとしています。しかし、この対策として現状行っているのは、食生活や生活習慣に対する健康指導だけで、住宅に関するアドバイスは行われていません。そこに住宅を組み込むためのデータを補強したいというのが、本事業のもう一つの目的です。
具体的な内容としては、断熱改修に関心がある方を全国から募り、改修前後の血圧状況などを調査しています。今年1月に行った第3回中間報告では、足元付近の床近傍の室温といった新たな因子を加えた検証結果を公表しました。
室温と血圧の関係に着目すると、30歳男性では、朝の室温が20℃の日に比べて10℃の日は血圧が4㎜Hg上昇します。80歳男性では10㎜Hgも上昇し、心筋梗塞(こうそく)や脳卒中の発症リスクが高まります。一方で女性は、男性に比べて血圧が平均して低いのですが、より温度差に敏感で、急な変化が起きやすいということが分かっています。これらのデータを踏まえて断熱改修前後の数値を分析したところ、改修前と比べて断熱改修後は、起床時の最高血圧が3.5㎜Hg低下するとの結果が出ました。これは、既存住宅の断熱改修を健康面から推進する意義を裏付ける数値だと言えます。
また、健康診断の結果として、室温が18℃未満の寒冷な住宅では、総コレステロール値が基準値を超える確率が2.6倍、LDLコレステロール値については1.6倍になるという結果が出ました。これは、寒冷な温度環境により高血圧が引き起こされたことで血管壁が傷つけられ、そこにコレステロールが沈着したと考えられます。そのほか、心電図の異常所見が1.9倍になるというデータも得られています。
ここまでデータを示してきた中で、暖房でしっかりと部屋を暖めればよいと考えたかもしれません。これに対する反証データも集めています。床下断熱を施すと、直接足が触れるフローリングなどの床の表面温度が改善します。そこで、床上1mが16℃以上、床近傍が15℃以上になる「温暖住宅」と、床近傍のみ15℃未満の「中間住宅」、床上・床近傍ともに設定温度未満になる「寒冷住宅」に分けて分析しました。その結果、足元付近のみ寒冷な中間住宅は、温暖住宅と比べて、高血圧や糖尿病で通院している人の割合と、過去1年間に聴こえにくさを経験した人の割合が有意に多いというデータが得られました(図3)。このデータは、生活空間の温熱環境の改善について、根本的な解決には断熱改修が重要であるということを示しています。
断熱改修の副次的効果として、身体活動時間の増加が挙げられます。厚生労働省は、「健康づくりのための身体活動基準2013」において、65歳未満は一定の強度の身体活動を毎日60分以上、65歳以上の高齢者については強度を問わずに40分以上行い、全世代共通で活動時間を今より10分増やすことを呼びかけています。今回、この活動時間についても断熱改修により有意に増加するという結果が得られました(図4)。断熱改修によって居間や脱衣所の室温が上昇し、こたつや脱衣所の暖房などが不要となった場合などに、男性は65歳未満で22分、65歳以上で34分、身体活動量が増えています。女性は、65歳未満で27分、65歳以上で30分の増加が見られました。断熱改修することで、副次的に目標値が得られるのです。

 

健康指導に住環境の改善を盛り込む
 

健康診断後に行われる保健指導としては、現在では生活習慣の改善が主となっています。しかし今後、こうしたエビデンスが整い、厚生労働省が認める水準に達することで、住まいの断熱改修や、新築時の断熱強化がもっと身近で切実な問題に変わってくると考えられます。住まいの断熱改修が社会保障費に大きく影響するならば、住宅の断熱化の推進に予算を配分することは、将来的に社会全体の負担軽減につながると言えるでしょう。
建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律(建築物省エネ法)の一部を改正する法律が5月に公布され、2年後に施行される予定です。一戸建住宅については、建築士による省エネ基準の適合に関する説明が義務付けられました。施行に当たり、断熱化の推進に伴う健康便益について、情報発信していくことが施策として盛り込まれています。
今回ご紹介した「スマートウェルネス住宅等推進調査事業」のデータは、今後、一般向けに分かりやすい啓発冊子などとして発信される予定です。その際には、ぜひご活用下さい。