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新春賀詞交歓会 【基調講演】 (1月22日・ヒルトン福岡シーホーク) 「感動経営」 ~いい仕事は人を感動させる~

 
 
「感動」のない仕事は仕事ではない
 

私は、常々仕事には「感動」が必要だと考えています。言い換えれば、「感動」のない仕事は仕事ではありません。世界一の寝台列車である「ななつ星 in 九州(以下、ななつ星)」のメニューを研究するに当たり、多くの一流レストランを訪れました。そこでは、料理の盛り付けから、素材の組み合わせ、味つけまで、一つひとつが驚きと「感動」に包まれています。一流のシェフは、常にお客様に驚きと「感動」を提供するために頭を悩ませており、だからこそいい仕事ができるのです。俳優は観客を「感動」させるために芝居をしています。あるいは、作家は読者を「感動」させるために小説を書きます。いい仕事には、共通して誰かを「感動」させたいという強い思いが込められているのです。
昨年秋、「感動経営~世界一の豪華列車『ななつ星』トップが明かす49の心得」という書籍を執筆しました。タイトルに頭を悩ませていた昨年5月、ソニー㈱の平井一夫会長が「ソニーのこれからのキーワードは『感動』です」と話されました。かつての同社は、まさに「感動」を体現したような会社でした。世界初のポータブルオーディオプレイヤー「WALKMAN(ウォークマン)」に象徴されるように、常に時代を先取る革新的な商品を生み出し、お客様の「感動」を呼んでいました。「低迷した時代に感動はなかった。そこでもう一度、感動のソニーに戻ろう」という平井会長のお話をうかがい、常々「感動」の大切さを感じていた私は、やはり「感動」だと、確信に至りました。

 

九州新幹線が呼んだ「感動」
 

2011年3月11日、九州新幹線の全線開通をいよいよ明日に控え、翌日に予定されていた祝賀会に備えてスピーチの練習に励んでいました。周知の通り、その日の14時46分に東日本大震災が発生しました。私は、これを受けて式典を全て中止にするとすぐさま決断しました。九州新幹線の全線開業は、携わった多くの方たちの強い願いが込められたプロジェクトです。関連する自治体も3年前から大変なエネルギーを注いで準備を進めてきました。この決定に難色を示す社員も中にはいましたが、私は「これは国難である」と断言し、中止を決定しました。中止決定を関係各所に伝えた時点では、その影響がまさか九州にまでおよぶと受け止められておらず、少なくない反発もありました。しかし、被災状況が徐々に明らかになるにつれ、この決断は正しかったとご理解いただけました。
放映を予定したCMも中止を決めました。レインボーカラーに装飾した試運転の新幹線に向かって、沿線の皆さんが飛び上がって手を振り、声を挙げ、ともに走り、思い思いに応援して下さるCMです。駅をはじめ、道路、公園、田畑、屋上などに2万人を超える方々が集まりました。心から喜び、純粋な気持ちで応援してくださる姿を見て、プロのカメラマンが泣きながら撮影しました。このCMは九州限定で、しかも3月9~11日の3日間だけしか放映されていません。11日も、震災の発生直後からストップしました。たった3日間しか放映されなかったコマーシャルでしたが、動画投稿サイト「YouTube」に誰かがアップしたことで火がつき、1カ月で300万回再生を超えました。サイトに書き込まれたたくさんのコメントの中には、「この姿だ、この風景が東日本大震災の前の東北の姿なんだ、この動画を観て勇気をもらった」といった被災地からの言葉もありました。多くの思いが込められた結果、このCMは、カンヌ国際広告祭で金賞を受賞しました。
東日本大震災も重なり、九州新幹線にはひとかたならぬ思い入れがあります。私自身がまず「感動」し、更に多くの方を「感動」させたという意味で、私が手がけた仕事の中でも最大のものとなりました。

 

明治維新の「逆境力」に学ぶ
 

今年は、明治がはじまってから151年目に当たります。明治維新とは、1868年1月25日に「明治」に元号が変わった瞬間ではなく、幕末から明治時代初期の約20年間にわたる変革のプロセスの全てを指すとされています。黒船来航後の1853年ごろから動乱がはじまり、1867年に江戸城が無血開城されました。江戸の町で一滴の血も流れずに革命が成し遂げられたことは、世界の歴史学者から奇跡的だと賞賛されています。
明治維新では、短期間に政治の仕組みや経済、国民の生活・文化のレベルまで、大きな変革が起きました。外国語を話せる者などほとんどいない中で、欧米列強諸国に赴いて勉学に励み、近代社会の基礎を学び取りました。その結果、驚くべきことにわずか5年で、新橋―横浜間に鉄道を走らせるに至ったのです。
現在は変革のまっただ中にあり、経営者には新たな事業を創造する力や、改革する力が求められています。明治維新からは学ぶことが多いと感じています。明治維新のリーダーたちは、周辺国で欧米の植民地化が進む中、日本という国が失われてしまうのではないかとの強い危機感を覚えていました。何とかしてそれを防がねばならないという崇高な使命感のもと、猛烈に勉強し、迅速に行動したのです。こうした力は、「逆境力(レジリエンス)」と呼ばれています。明治維新に携わったリーダーたちは、逆境力の塊だったのでしょう。皆さんにも逆境に陥った経験が何度もあるはずです。大切なのはそれを乗り越える力、つまり「逆境力」があるかどうかです。
JR九州も「逆境力」を発揮してきました。日本の鉄道は1987年、国鉄の分割民営化という大転換点を迎えました。JR東日本・東海・西日本の3社は順調にスタートを切り、初年度から大きな業績を上げ、いずれも10年以内に株式上場を果たしました。一方、JR九州は、当時の運輸省も、そして社員ですら誰一人、上場できるなどとは考えておらず、それどころから存続まで危ぶまれるという過酷な状況の中にありました。しかし、初代の石井幸孝社長をはじめ、全社員がそれをバネにし、凄まじいまでの意気込みとチャレンジ精神を発揮したのです。特に若い社員ほど、強い危機感を抱き、分割民営化から32年が経った現在、JR九州はJR各社の中で鉄道以外の事業の業績を、最も拡大させた会社となりました。
当時、社員に対し東京の百貨店で勉強したいかと問えば、皆が即座に手を挙げました。博多と韓国・釜山を結ぶ高速船「ビートル」の就航に当たって船員を募集すると、運転士から保線社員まで、多くの者が名乗りを挙げました。船舶に関っていない素人が、大型船の船長になることは並大抵の努力では叶いません。10年間の就業経験と、極めて難関とされる資格試験を突破しなければなりません。それでも、このままでは会社がつぶれるという危機感を抱き、挑戦してくれました。それだけに、11名全員が資格を取得した際には、私も涙しました。
一方、鉄道事業についても、私鉄が行っている経営手法を取り入れ、大きな改革を進めてきました。たとえば、発足当初は駅間が約3.7㎞ありました。それに対し、ある私鉄では約1.1㎞しかありません。そこで、70弱の駅を新たにつくって利便性を高めることで、売上高を伸張させていきました。また、他社に先駆けてデザインとストーリーを取り入れた新たなコンセプトの列車「D&S列車」の運行のほか、果敢に新規事業に挑戦しました。これにより、東京証券取引所一部上場を2016年に成し遂げました。これこそが逆境力です。

 

改革と挑戦、そして「感動」
 

昨年、「平成はどんな時代でしたか」との質問を受け、私はおこがましくも「JR九州の歴史です」と答えました。JR九州の発足は平成2年の1990年です。最初の10年で事業を切り拓き、次の10年で成長して進化し、最後の10年で大きく飛躍し花開きました。逆境からスタートし、改革と挑戦を繰り返した当社の歴史は平成そのものと言えます。
私たちは、改革と挑戦の中に「感動」を取り入れてきました。ビートル、D&S列車、九州新幹線、ななつ星の運行開始、JR博多シティ・おおいたシティ、赤坂うまやの開業などには、私自身が「感動」したことを詰め込んできました。
博多と長崎オランダ村を結んだ初代ビートルは、船体の色を真っ黒にしました。これは、シャネルの創業者であるココ・シャネル氏の「色は黒が全て」という言葉に「感動」したことによるものです。それまで、ヨーロッパの社交界では色とりどりの派手なドレスで着飾ることが一般的でした。しかし、彼女に言わせればそれは下品で、エレガンスさに欠けています。彼女は、黒・白・ゴールドの組み合わせが最も高貴で品の良い色であるとし、それまでは喪服の色であった黒を、社交界のドレスに仕立て上げたのです。このエピソードに「感動」し、黒い船体をデザイナーに提案しました。
D&S列車は、物語とデザイン性が備わったJR九州らしい列車です。現在、JR九州では11種類のD&S列車を走らせており、それぞれ物語に裏打ちされたデザインが備わっています。たとえば、特急「指宿のたまて箱」は、浦島太郎伝説に由来しています。たまて箱を開けた瞬間に白髪になってしまった話にちなみ、車輌の色を白黒のツートンで塗り分けました。乗り降りの際にドアが開くと、まるでたまて箱の煙のようなミストを浴びる演出を施しており、大変楽しんでいただいています。このように、一つひとつに「感動」できる仕掛けをしています。また、鉄道業界的にインパクトを与えたのが、1992年に戦車のような色とデザインで登場した特急つばめです。このころからJR九州の列車デザインは面白いとの評価を受けるようになっていきました。
鉄道だけではありません。2015年にオープンしたJR大分駅の駅ビル「JRおおいたシティ」は、日本で一番楽しい駅ビルです。何も置いていない広い駅前広場と屋上が特徴で、駅前広場のスペースではいつもイベントが開催されています。屋上は、かつてのあこがれであり、楽しかった思い出が詰まった百貨店の屋上を蘇らせようと、たくさんの木を植え、ミニトレインを走らせています。歌舞伎役者の市川猿之助氏にプロデュースいただき2002年に開業した飲食店「赤坂うまや」もまた「感動」の店です。九州の食材を生かした創菜料理をメインとする大型店ですが、開店から17年経った今もなかなか予約が取れません。居酒屋として17年間生き残っている奇跡の店となっています。また、2010年には農業にも参入し、野菜やフルーツのほか、たまごも生産しています。このタマゴは、福岡県飯塚市の内野宿に養鶏場を構えたため、「うちのたまご」と名付けました。天然のエサを与え、自然に育てているたまごは、健康的でとてもおいしく、安全・安心で、世界一おいしいタマゴだと自負しています。

 

共感を呼ぶものが求められる
 

現代は飽食の時代と言われ、食については満ち足りている一方で、心の空腹が満たされていません。「モノ」から「コト」へと叫ばれ、「モノ」を売る時代は終わったなどと言われますが、これは間違いです。共感を呼び、心を動かすものが求められているのであり、「モノ」にも「コト」にも「感動」があるのです。求められているものは「コト」に限らず、むしろ、「モノ」の方がよいと思っています。皆さんがつくっている住宅という「モノ」に対する「感動」を、お客様は求めているのです。
ななつ星には、私たちや職人さんの思い、言い換えれば「氣」がぎっしり詰まっており、今もこうした「氣」で満ちあふれています。それが、見た人や乗車した人に作用し、「感動」というエネルギーに変化しているのではないかと思っています。「感動」には様々な要素がありますが、「氣」というものが変化して起こるのも、「感動」だと思っています。
また、大切なことは、「感動」する人こそが、人を「感動」させ得るこということです。私は、ビッグデータを活用して何かをしたことはありません。自分がほしいもの、見たいもの、食べたいもの、体験したいものを常に追求しています。私は、これを「自分マーケティング」と名づけました。この自分マーケティングには、「気づく」「感動する」「自分が何に感動したか自問する」「感動したことを仕事に生かす」という、4つのステップがあります。私は自分の「感動」を信じています。そして、自分と同じような気持ちの人がいれば必ず「感動」してくれるに違いないと信じ、仕事に生かしています。

 

「感動」をつくるためにすべきこと
 

「感動」をつくりだすためには、以下の8つのポイントが重要です。

 

 

高い志は、「夢」と言い換えられます。ななつ星であれば、「世界一豪華な列車をつくろう」という夢を掲げることで、職人やデザイナーをはじめ、携わる全ての人が「感動」し、燃えたのです。地域で一番になろう、日本一、世界一になろうという志を抱いた方は、猛烈な勉強・トレーニングを行います。そうした訓練を重ねた方の晴れ舞台で、そこに至るまでの努力を感じ取れるからこそ、「よくぞここまでやり遂げた」と感心するのです。そして、スポーツであれ、料理であれ、芸術であれ、いかなる分野においても、ここまでできるのかという、誰にも真似できない熟練した技術を目にし、それぞれが背負っている物語に人は「感動」するのです。
何よりも重要なことは、まず自分自身が「感動」することです。まだ海外渡航が一般的ではなかった1950年代、日本の小売業の店主たちがアメリカのスーパーマーケットを視察しました。ツアーに参加した約20名の中で、日本式の対面販売ではなく、大きな店舗で大量の商品の中から自分で選んでかごに入れるというスタイルに、たった3名だけが「感動」しました。その3人こそが、ダイエー創業者の中内功氏、イトーヨーカドー創業者の伊藤雅俊氏、関西スーパー創業者の北野祐次氏だったのです。他の方は日本では受け入れられないと冷ややかな目を向けました。同じ光景を目の当たりにしても、「感動」する人と、マイナス面ばかりに目線を向ける人がいます。しかし、美点を凝視し、感動体験を重ねることが大切なのです。
次に、「感動」させるぞという強い思いを抱くことです。取引先様やお客様に対してはもちろん、上司と部下の関係も同じことです。いい会社とは、上司は「感動」させる言葉で部下を引っ張り、部下はいい提案をして上司からほめられよう、「感動」させようと猛勉強して頑張る会社のことです。上司と部下がお互いに「感動」させ合うことができれば、これほど強い会社はありません。
そして、提供する商品には、限られた時間と資源の中で精一杯の手間をかけなければなりません。時に、効率化の名のもとで省かなくてもいい手間まで省いてしまいます。精一杯手間をかけることが、「感動」を呼び起こすのです。
最後に、スピードあるきびきびした行動が「感動」を生み出すと考えています。鉄道は安全が命であり、お客さまの安全を守るためにはきびきびした行動が必須です。このような考えから、全社員、役員も含めて行動訓練をしています。JR九州の行動訓練は、日本の中で3本の指に入ると自負しています。これを生かし、4年前には、札幌のYOSAKOIソーラン祭りに「JR九州櫻燕(おうえん)隊」として出場し、初出場で優勝し、更に翌年には連覇も果たしました。
はじめに、「感動」がない仕事は仕事ではないとお伝えしました。以上の8つのポイントを実践し、多くの「感動」を生み出していただければと思います。