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特別対談 健康な住まいと健康な暮らし ~高断熱住宅は日本を救う~

近畿大学建築学部長 教授 岩前 篤氏
 
超高齢化社会にある日本では政府の新成長戦略の柱として健康立国を目指すことが掲げられるなど「健康」が大きなキーワードとなっています。住宅関連業界においても健康の増進に寄与するスマートウェルネス住宅の推進など、新たな施策が講じられています。今回は、近畿大学の岩前篤教授をお迎えし、様々な調査データを基に健康な住まいのあり方についてお聞きしました。

 

 

不十分な日本の断熱性能

平田  政府による成長戦略において健康立国の確立が掲げられ、健康の維持増進に寄与するスマートウェルネス住宅の推進が盛り込まれるなど、住宅関連業界において今後は「健康」が一つのキーワードとなってくると考えられます。
岩前  健康には「衣」「食」「住」の全てが関係しています。このうち「住」には大きく2種類があります。一つはアクティブな「住」で、散歩や寒中水泳などが挙げられます。もう一つはパッシブな「住」で、空気のきれいさや音の静けさ、暑さや寒さなどの住環境を指します。これまで日本ではパッシブな「住」についてあまり関心が持たれてこなかったのが現状です。
パッシブな「住」の重要な要素である断熱については、窓や壁、天井など様々な部位で必要となりますが、窓だけ見ると欧米に肩を並べる程性能が向上しています。ところが、住宅全体の断熱性能で見ると様相が変わってきます。
環境先進国であるドイツの断熱基準と日本の次世代省エネ基準(平成25年基準)では大きく開きがあり、ドイツで義務化されている最低要求基準は北海道における次世代省エネ基準よりも厳しく設定されています。
一方、日本では次世代省エネ基準はガイドラインに過ぎず、新築住宅の40~50%が同基準を満たしていないと言われています。日本でドイツの最低要求基準を満たす新築住宅はわずか3%と見られています。この事実について、日本の断熱性能が低いと見るか、ドイツが過剰性能だと見るか、省エネルギーの観点だけで議論している限り答えは出てきません。
快適な住まいづくりとしては現状の断熱性能でも良いのかもしれませんが、健康な住まいづくりを目指すのであれば、私は日本の住宅性能では不十分だと断言します。快適さは個人の心の持ちようですが、健康には治療費や医療費などの社会的な側面が出てきます。

 

低温が健康障害に

平田  健康という言葉は日常的に用いていますが、改めてその概念についてお聞かせください。
岩前  日々の生活には必ずリスクが存在し、健康とはリスクの低下を意味します。住宅に関しては、1995年頃にシックハウスが社会問題となりました。住宅屋内の揮発性有機化合物が人間の健康に悪影響を与えるということで、2003年の建築基準法の改正で対策が講じられました。
最近ではウイルスやカビなどが健康に悪影響を与えることが分かってきています。東日本大震災の応急仮設住宅の入居者を対象とした調査では、喘息の発症率は一般住宅の5~10%に対して26%に上り、発症者を検査したところダニの陽性反応が非常に高いことが分かりました。アレルギー外来で有名な国立病院機構相模原病院によると、アレルギー発症の要因としてはスギに次いでダニが2番目に多くなっています。
平田  応急仮設住宅におけるカビやダニの影響については厚生労働省が昨年に注意喚起を行っていますね。
岩前  はい。そのほか低温のリスクについて見ると、世界13カ国における気温と死亡の関係性についての調査では、日本での低温による死亡は9.8%となっています。日本の年間死亡者数は約120万人で、そのうち約10%の約12万人が低温によって亡くなっている計算です。低温による死亡者数は13カ国のうち中国に次いで2番目であるという事実にも関わらず、日本の住宅の断熱性能は決して高くありません。
私はこの理由として、寒さに対する根本的な考え方があると考えています。日本では寒さは人を強くすると考える人が多くいます。約700年前に兼好法師が記した「徒然草」の中に「住まいは夏を旨とすべし」とあり、この風潮が現代にまで残っていると考えています。
かつての日本ではこの言葉が正解だったのかもしれませんが、現在は違います。WHO(世界保健機構)の「住宅と健康調査報告書」によると、居住者の健康に悪影響を与えるものの一つに低温が挙げられており、低温による健康障害は世界では常識となっています。イギリスでは寒さが高血圧などを発症しやすくすると政府公式報告書で示しています。そのため、健康に暮らす権利を侵害するという理由から貧困世帯に対しては暖房費が補助されています。

 

日本は冬リスク社会へ

平田  日本における低温のリスクの影響はどの程度なのでしょうか。
岩前  年間死亡者数を月別で見ると、夏が少なく冬が多い傾向にあり、この傾向は過去50年間例外がありません。世界中でも同様の傾向が見られ、WHOによると寒い国より暖かい国の方が冬の死亡者数が増えており、これは寒さに対する備えが遅れているからだとしています。
日本は1910年に初めて人口調査を実施しています。当時、月別死亡者数は8月が最大値でしたが、1930年には8月が減って1月が増え、1950年にはその傾向が進み、1970年には現在と同様の状況となりました。これら月別死亡者数も世界各国で同様に変遷してきたことが分かっています。つまり、20世紀以前は夏のリスクが大きかったのが、現在は冬のリスクの影響の方が大きくなっているということです。
平田  冬のリスクというとヒートショックが一番に思い浮かびますが、亡くなられた原因としては何が挙げられるのでしょうか。
岩前  月別死亡者数を死因ごとに見ると、心臓発作や脳血管梗塞といった血液の流れに関わる循環器系疾患が冬場に増えています(図1)。これがいわゆるヒートショックに含まれている数字です。しかし、注意したいのは呼吸器系や神経系、血管系・免疫機構、内分泌・代謝などの他の原因も冬に増えている点です。つまり、ヒートショックによる死亡者数には循環器系による死亡者数しか含まれていませんが、実際は様々な疾患が低温リスクの影響を受けているのです。
平田  住宅においては入浴中の事故死が2014年に4,866人に上り、冬場に多く発生していることから厚生労働省が今年1月に注意喚起を行っています。
岩前  入浴時に限らず、住宅内の転倒や転落などの不慮の事故も冬に増加しています。住宅内の不慮の事故による死亡者数は2014年には1万4,500人に上り、交通事故の3倍以上、火事の20倍以上となっています。
この事実と照らし合わせると、日々何気なく使っている「行ってらっしゃい、気を付けて」という言葉には矛盾が生じます。この言葉は家の中が安全で外が危険であることを意味していますが、今や逆に「お帰りなさい、気を付けて」と言わなければいけないのが現状なのです。
日本は冬リスク社会へと変化しています。この事実を理解した上で、現状の家づくりで本当に良いのかを考えていくべきだと思います。

 

低温リスクの減少が重要

平田  7月27日の厚生労働省の発表によると、日本人の平均寿命は女性が87.05歳、男性は80.79歳といずれも過去最高を更新しました。
岩前  日本の平均寿命は世界でもトップクラスです。一方、日常生活に制限のない期間の平均を指す健康寿命を見ると、女性が74歳、男性が70歳です。厚生労働省では健康寿命と平均寿命の差を「不健康な期間」と定義しています。この期間が環境先進国であるドイツは6.9年、アメリカやイタリア、フランスが7年程度なのに対し、日本は11年と長くなっています。
平田  つまり、日本人は長生きですが健康で長生きしているのではないということですね。
岩前  最近では健康寿命を延ばすための施策が講じられていますが、住宅や建築分野では遅れています。しかし、看護師であり統計学者でもあったフロレンス・ナイチンゲール女史は150年以上も前に「看護覚え書」で住まいと健康の関係性について記しています。同書は13章でまとめられ、第1章で「換気と暖房」、つまり空気を清潔に暖かく保つことが重要だとしています。そして第2章では「住居の健康」という言葉を用いており、「住居」と「健康」を結び付けた言葉が使われたのは歴史上初めてだと思います。
健康は医学との関係が最も強く、医学には治療医学と予防医学の2種類があります。治療医学については、日本は世界最高レベルの技術を有しています。一方で、予防医学は遅れをとっています。欧米諸国では治療医学と同程度の予算が予防医学にも充てられていますが、日本の割合は98対2程度です。日本では数年前から生活習慣の改善のため、食べ物や運動、生きがいの重要性が訴求されています。しかし、本来はこれに加えて環境、特に住まいが重要なのです。
平田  健康寿命を延ばすために、住宅に関してどう対策を講じていくことが必要だとお考えですか。
岩前  私は、2000~2008年に住まいを引っ越して新築の一戸建住宅に住んでいる約2万人の方を対象にアンケート調査を実施しました。その中で、引っ越し前後の暮らしにおける日常の諸症状の有無と症状の変化、そして新しい住まいの断熱性能を調べました。
その結果を断熱性能のレベルごとに住宅性能表示制度の断熱等級3以下、断熱等級4(次世代省エネレベル)、それ以上の3つのグループに分け、症状に対する改善率を求めました。改善率とは引っ越し前に症状が出ていた人のうち引っ越し後に症状が出なくなった人の割合を言います。
これによると、手足の冷えという症状について断熱等級3以下のグループの改善率が10%だったのに対し、次世代省エネ基準のグループでは30%に、それ以上の性能を持つグループでは3人に1人の割合まで上昇しています(図2)。断熱性能が上がって家の中が暖かくなるため当然の結果と言えますが、肌のかゆみや花粉症、アトピー性皮膚炎、気管支炎、喘息などのそのほかの症状についても同様に断熱性能が高いほど改善率が上昇することが明らかになりました。
平田  住宅の断熱性能の向上が健康改善につながることが結果として明確に示されていますね。断熱性の重要性を改めて認識させられます。
岩前  もう一つ明確になったのは、低温が万病のもとだという点であり、ここで注意すべきは「寒さ」ではなく「低温」だということです。低温とは温度の低い状態に身体がさらされている状態であり、寒さはその状態を心が認識した状態です。私たちは寒さを感じると服を着るなどの対策をとりますが、自分で意識しないまま低温にさらされていることが危険なのです。
例えば、冬場の入浴行為では低温のリスクが3回潜んでおり、血圧は大きく変化します。まず1回目は暖かいリビングから冷え込んだ脱衣所に行く過程で、温度変化による血管の収縮で血圧が急上昇します。2回目は浴槽内のお湯に浸かる時です。緊張から解放され副交感神経が働くことで血管が拡張し、失神する可能性があります。3回目は浴槽内でほぼ寝転がっているような状態から立ち上がる際の姿勢変化による立ちくらみです。血管が拡張した状態で立ち上がると脳に血液を送るため心臓は猛烈な勢いで動き、心拍の増加や血流の変化が起こり、これが大きなリスクとなります。
また、入浴の一連の流れと同様、夜にトイレに行く際もヒートショックにさらされています。断熱性能を高めて室内を暖かく保ち、低温のリスクを減らすことが重要です。

 

 

住宅の断熱性能の向上を

平田  住宅に関連する事業者の方々に向けてメッセージをお願いします。
岩前  大事なことは家の断熱性能が居住者の健康状態に大きく影響するという点です。これは統計学に基づきデータが明確に示している事実です。
これまで住宅というのは居住者の快適性や満足度などを中心に語られてきましたが、健康という側面を考慮するとこれからの住宅のあるべき姿が見えてきます。国は2020年の省エネ基準義務化に向けて取り組みを加速しています。もちろん省エネ基準を底上げしていくことは重要ですが、健康増進という大きな課題に向けて、住宅の断熱化が省エネ化による効果とは全く違う意味を持つことを国民全員が理解しなければいけません。
2020年に義務化となる次世代省エネ基準を満たすだけでは健康な住まいとは言えないのが事実です。このことを踏まえて、住宅に関わる全ての事業者の方々には断熱性能の重要性を理解し、今後の家づくりに生かしていただきたいと願っています。
平田  当社グループでは、耐震性と環境性に優れた住宅の普及に取り組んできましたが、超高齢化社会にある日本の住宅において「健康」が大事なキーワードであるとの考えから、昨年10月に横浜市と慶應義塾大学との共同で「スマートウェルネス体感パビリオン」を横浜市に開設しました。ここでは健康と住宅の関係性について、エビデンスの蓄積を含む様々な研究を行っています。
同施設には市民の方々をはじめ、学術関係者や行政関係者など多くの方にお越しいただいており、開設から9カ月間で来場者数は3,814名に上っています。住宅関連事業者の方も多数ご来場いただいていますが、健康寿命の延伸に寄与するスマートウェルネス住宅の重要性について、住宅業界の共通認識として一層広く浸透させていくことが必要だと感じています。微力ではありますが引き続きスマートウェルネス住宅の普及に向けて取り組んでいきます。本日は貴重なお話しをいただきありがとうございました。