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特別対談 五輪開催における日本のあるべき姿

ミズノ株式会社 会長
元 東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会 CEO 水野 正人氏
 

2020年の東京でのオリンピック・パラリンピック開催まで4年となりました。日本中でオリンピック・パラリンピックへの機運が高まる中、新国立競技場について国産材を多用した「杜のスタジアム」の建設が決定するなど、木造建築の振興とともに日本の木造技術が世界に発信されることが期待されます。今回は、東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会のCEOとして東京招致の実現に大きく貢献されたミズノ㈱の水野正人会長をお迎えし、東京でのオリンピック・パラリンピック開催の意義や経営者として必要な資質などについてお聞きしました。

 

 

環境問題の取り組みがきっかけに
 

平田  2020年の東京でのオリンピック・パラリンピックの開催までいよいよ4年となりました。私自身、1964年に東京で開催された時の高揚感は今でも鮮明に覚えており、再びあの感動を味わえることを大変うれしく思います。
水野会長は2020年東京オリンピック・パラリンピック招致委員会のCEOを務められ、東京への招致に大変ご尽力されました。
まずは、水野会長がオリンピックやパラリンピックに携わることになった経緯をお聞かせいただけますか。
水野  2020年のオリンピック・パラリンピックの東京への招致に当たっては、日本全国の皆様にご協力をいただきました。おかげ様で2020年7月24日のオリンピック開会式から9月6日のパラリンピック閉会式にわたり、東京で世界の祭典が開催されることになりました。
私は1943年、兵庫県芦屋市にミズノ㈱の創業者である水野利八の初孫として生まれました。幼少の頃にカブスカウトへ入りスカウト活動を続け、高校及び大学時代にはサッカー部に所属するなど、スポーツ活動に取り組んできました。一方で天文少年の一面もあり、中学2年の頃に京都大学花山天文台の天体望遠鏡で土星を観測した時の感動は今でも覚えています。
私が環境問題に携わることになったのは1974年から東京に住み始めたことがきっかけでした。現在、中国の大気汚染が深刻化していますが、当時の日本はまさに同じ状況で、夜空を眺めても星の欠片も見えませんでした。このことから私は環境問題に取り組むようになりました。
当時、私は世界スポーツ用品工業連盟に所属していましたので、環境問題を共通課題として皆で解決するべきだと同連盟に環境部会を設け、私は10年に渡って委員長を務めました。そして、スポーツ界が環境にいかにして配慮すべきか、一番の権威であるオリンピックを主催する国際オリンピック委員会(IOC)に提案しました。こうして、私はIOCの「スポーツと環境委員会」への参画の要請を受けて委員として活動を始め、1995年からの20年に渡り同委員会の委員を務めました。また、(公財)日本オリンピック委員会(JOC)とも調整を進め、2001年に「スポーツ環境専門委員会」が設置されました。
平田  天文への関心から環境問題へ取り組まれ、それをスポーツにつなげてオリンピックに携わることになられたのですね。実際にIOCではどのような活動を展開されていらっしゃるのでしょうか。
水野  IOCは「オリンピックを通じて人類が共に栄えると共に文化を高め、世界平和に貢献する」というオリンピックの理念を具現化し、次世代へと受け継いでいくことが使命です。そのための様々な活動「オリンピック・ムーブメント」を世界中で推進しています。
近代オリンピックの創設者であるフランスのピエール・ド・クーベルタン男爵は、古代オリンピックを研究し、紀元前776年から1200年に渡って1回も欠けることなく4年に1度競技会が開催されていたことを学びました。そして、オリンピック開催時期の前後3カ月は戦争中であっても休戦し、かつ開催期間は詩を吟じたり歌や踊りを踊ったりと文化活動を合わせて行っていた事実に触発されました。クーベルタン男爵は近代オリンピックでも開催時には戦争を休戦させる決議「オリンピック・トゥルース(Olympic Truce)」を取り入れてオリンピック・ムーブメントを展開し、オリンピックを世界の平和と人類の繁栄を希求する一大教育活動に位置付けました。
これらオリンピック・ムーブメントを推進していくのに一番効果的なのは大会を開催することです。2016年、日本の招致活動は残念ながら実らず、ブラジルのリオデジャネイロでの開催が決定しました。これを受けてJOCでは不退転の気持ちで2020年の招致に取り組むこととなりました。私自身はミズノ㈱を一度退職し、2020年東京オリンピック・パラリンピック招致委員会の活動に専念することにしました。

 

日本が世界の模範となるために
 

平田  オリンピックが「平和の祭典」と言われる一方で、ISによるテロをはじめ、経済の低迷など世界中に不安感が漂っています。そのような中、2020年に東京でオリンピック・パラリンピックが開催される意義について、どうお考えでしょうか。
水野  世界が様々な脅威にさらされ、混沌とする中、日本はオリンピック・パラリンピックの開催を通じて世界の模範となることが求められており、それこそが使命であると考えています。
世界における問題としては3つの「E」が挙げられます。1つ目は「Environment(環境)」です。地球温暖化による気候変動は大きな変化をもたらしています。海面温度の上昇により巨大な上昇気流が発生し、これが高い積乱雲を生んで局地的かつ大量の集中豪雨を発生させています。また、北極の氷が半分にまで減少したり、日本でも和歌山県沖でサンゴ礁ができ始めるなどの現象が起きています。これは、生態系にも大きく影響を及ぼし、様々な種が絶滅に向かうことも危惧されます。これらは複合的に発生しており、環境問題が生態系に及ぼす影響は計り知れないものがあります。
2つ目は「Epidemic(流行)」です。今夏のオリンピック・パラリンピック開催都市のブラジル・リオデジャネイロではジカ熱が流行しています。また、ジカ熱に限らず、世界中で様々な流行病が発生しています。一番脅威なのは鳥インフルエンザの流行です。鳥は飛行距離も長く、世界中に一気にウイルスが拡散することも考えられます。また、鳥から人へ、人から人へとうつるようにウイルスが進化していくことも考えられます。人間が抗ウイルス薬をつくるのとウイルスの進化との競争となっています。
3つ目の「E」は「Economy(経済)」です。イギリスがEUからの離脱を決定しましたが、これによりEU圏の経済はとても厳しくなる可能性があります。また、世界経済を見ると、エネルギー源である原油価格の下落によりロシアをはじめ産油国が大きな打撃を受けています。中東経済は原油価格の下落の影響に加え、ISによる地政学的リスクも高まっています。難民問題では、それまでシリア難民を受け入れてきたEU諸国もナショナリズムへと傾きつつあります。そこにイギリスのEU離脱があり、EUの結束が揺らぎ始めています。世界経済のけん引役であった中国経済もなかなか思うように発展していません。アメリカ経済は、シェールガスやシェールオイルをエネルギー源として資源輸出国になろうとしていたところに原油価格の下落の影響が出てきています。加えて今年は大統領選挙が行われることもあり、格差社会などによる不満が募った結果、ポピュリズムが台頭しています。
現在、世界中で所得格差や地域格差、世代間格差などが軋轢(あつれき)を生み、支配層に対する極度の不信が高まって、「エリート体制対ポピュリズム体制」という構図にあります。また、排他的民族意識の高揚によりテロが多発しています。それらが非常に複雑に絡み合いながら世界中でうごめいているのが現状です。
日本は世界で最も格差が小さい国です。世界経済が混沌とする中で日本が世界の模範となることが求められており、果たすべき役割はとても大きいと考えています。2020年のオリンピック・パラリンピックの開催を成功させ、世界から日本が素晴らしいと思われることが大切です。
平田  日本が世界の模範となるために、どうすることが必要でしょうか。
水野  感動や夢、元気、勇気、安全・安心を世界中に与え、世界でこんなに素晴らしい大会はないと思われるような祭典を実施することが何よりも重要です。そしてもう一つ、開催後の2020年以降に健全で良い国をつくっていくために、更に「遺産(レガシー)」が重要です。
遺産には無形遺産と有形遺産の2種類があります。無形遺産には、文化や教育、環境、国際交流、ボランティア、そしてニュービジネスと言われるものが挙げられます。ニュービジネスとは、例えば現在の仕組みにAI(人工知能)やハイテクノロジー、健康や環境といった内容を掛け合わせて生まれたアイデアを基に構築される新たな形態です。置き換えや組み合わせ、部分変化などの手法を駆使し、ニュービジネスをつくり出していくことが大切です。文化も同様で、日本古来の伝統文化と世界の文化を掛け合わせることで新たな文化が創出されます。教育については、習っていない、教えてもらっていないから分からなくてもよいというのではなく、問題解決能力を身に着けられるよう育てていくべく、教育の根本を変化させていかないと日本の未来はないと思います。
一方、有形遺産については、競技場やバリアフリー設備、犯罪防止のための警備設備などが挙げられます。
平田  現在、環境貢献の側面も含め、世界中で木材や木造建築の注目度が高まっており、まさに「木材新世紀」に突入しています。こうした中、新国立競技場が日本の豊富な資源である木材を多用して造られることとなりました。新国立競技場がオリンピック・パラリンピックのレガシーとして、日本の木材や木造建築に関する高い技術を世界に発信できる素晴らしい機会になると大きな期待を抱いています。
水野  木材は日本において環境貢献の側面からも大変重要な資源であり、今回のオリンピック・パラリンピックの開催を機に、日本人がこれまでつくり上げてきた木造建築に関する知恵や技術を継承しつつ、いかにして使っていくかが大事だと考えています。

 

経営者に求められる資質とは
 

平田  水野会長は、ミズノ㈱の経営トップとして長くスポーツ界を率いてこられました。
より良い組織や社会をつくり上げていくために重要なこととは何だとお考えでしょうか。
水野  私たちは一人で生きていくことはできません。人と人とが協力し合い社会をつくっており、互いに気持ちを通じ合うこと、つまりコミュニケーションが大事です。コミュニケーションが一番良く取れる状態とは、互いを知り尽くしている関係です。コミュニケーションを良くしようとするならば、皆が胸襟を開いて自分を見せ合い、知り合うことが重要となります。
1955年にアメリカの心理学者であるジョセフ・ルフトとハリー・インガムが「対人関係における気づきのグラフモデル」、いわゆる「ジョハリの窓」を発表しました。人間の心には4つの窓があるというものです。1つ目は自分も他人も知っている自分「open window」、2つ目は自分では知っているが他人は知らない「hidden window」、3つ目は他人は知っているが自分は気が付いていない「blind window」、4つ目は自分も他人も知らない「unknown window」です。
十分にコミュニケーションを図ろうとするならば、1つ目の窓「open window」を大きくする、つまり自分を相手に解放することが基本となります。「ツーカーの仲」と言いますが、そのような関係になると色々なことがスムーズに運ぶようになります。
また、チームの課題達成においては良好な人間関係がなければできません。チームワークとは役割分担ですが、自分の任された内容のみをやればいいのではなく、互いにバックアップすることが必要です。互いが補完し合い、より良いチームをつくり上げるのです。そのためには誰が何を担っているのかを皆が理解していることが重要です。
2016年のオリンピック招致活動で敗れた際、IOC評価委員の一人に東京の評価について尋ねたところ、「東京はサイロ」と言われました。サイロとは干し草を入れる筒状の建物のことで、縦割り行政のことを呼ぶようです。つまり、東京は横の連携が図れておらず、相乗効果が出ていなかったということです。これを聞いて、2020年の東京招致の際には各部署が常に横断的に連携し合い、相乗効果を上げるべく取り組んできました。
このように、自分のチームを動かすに当たっては互いを知り合い、補完し合っていくことが大きな力になります。
平田  まさにその通りだと思います。互いに補完し合いながら組成していくのが会社であり、仲間を尊敬し、常に謙虚な姿勢で相手に敬意を払うことが大切だと考えています。
経営者にとって必要な資質とはどのようなことだとお考えですか。
水野  経営者にとってリーダーシップは大変重要です。リーダーシップとは人を動かす力であり、その源は7つあります。1つ目は「暴力」、2つ目は「お金」です。3つ目は「地位」で、ヒエラルキー(階層組織)がそれに当たりますが、1歩その地位が及ぶ範囲の外に出ると、その力は生きてきません。4つ目は「専門性」です。医師や弁護士など専門知識を有する人はその範囲内では力を持ちます。5つ目は「コネクション」で、6つ目は「情報」です。
そして7つ目が、あの人の言うことは聞いてあげよう、あの人の言うことだったら従おうという「人柄」です。私はこれこそがリーダーシップで一番大切だと考えています。お金や地位で一時は人を動かすことができたとしても、人はついてきません。そういう意味で、経営者は常に徳を積み研鑽(けんさん)に励むことが大切です。
平田  最後に、経営者の皆様方にメッセージをお願いします。
水野  私はアメリカ留学時に、右も左も分からない私を「it’s my pleasure(喜んで)」と言って助けてくれた友人達から、物ごとを楽しみながら喜んでやるという姿勢を学び、以後、この姿勢を大切にしています。
オリンピックやパラリンピックで良い記録を残す人は「のびのび」している人です。がちがちに緊張していたり、逆に張り切り過ぎていると記録は伸びません。生きるということも同じであり、自分に与えられた仕事をのびのびと楽しみながら取り組むことが、何よりも大切なことだと思います。
平田 本日は貴重なお話をいただき誠にありがとうございました。