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ナイスビジネスレポート

特別講演
熱海の再生
〜100年後も豊かな暮らしができるまちをつくる〜

 11月14日の素適木材倶楽部定期総会にて、話題の書籍『熱海の奇跡』の著者であり、熱海の人気回復の仕掛け人である市来広一郎氏の講演が行われました。衰退の代名詞とも言われながら、今再び脚光を浴びている静岡県熱海市における民間主導のまちづくりからみる地域創生のあり方について、講演の一部を抜粋してまとめました。



再生は暮らしの満足度向上から

 熱海市は7年ほど前まで観光客数が減り続け、衰退の一途をたどっていました。私は企業が所有する保養所で生まれ、お客様に囲まれながら育ちましたが、高校生になった1990年代後半にはまるで廃墟のように変わっていく様子を目の当たりにしていました。
 熱海を盛り上げたいとの思いはありましたが、高校卒業後は物理学者を志して東京の大学に進学。大学院修了後には27カ国を旅して回り、3年ほど民間企業にも勤めました。様々な国を訪れたことで、東京から新幹線で1時間あまりの距離にありながら、温泉も海も山もある熱海の可能性に気づくことができました。これだけの資源を持ちながらもったいない、やはり熱海をどうにかしたいとの思いが強くなり、2007年に故郷にUターンすることを決めました。
 現在の事業をはじめるまで、観光業やまちづくりに専門的にかかわった経験はありません。しかし、熱海から離れいったん外に出たことにより第三者的な視点で熱海の再生にかかわれたことや、異分野の経験を積んだことでこれまでの常識にとらわれることなく地域再生を実行できたことが良かったのではないかと考えています。
 当時の熱海の状況は、私が想像した以上に深刻でした。人口は約37,000人弱で、高齢化率は46%にも上りました。宿泊者数だけでなく、人口も50年間にわたり減少し続けており、空き家、空き店舗は全国の市の中で最も高い50.7%に達するほどでした。
 当時、最も衝撃を受けたことは、「周辺にどこか良い観光スポットはないですか」と観光客から問いかけられても、皆が口をそろえて「何もありません」と答えていることでした。これでは、いくら新たに観光客を呼び込んできてもマイナスのイメージだけが蓄積され、もう一度熱海に来たいとは思っていただけないでしょう。実際、旅行の口コミサイトにはクレームが並んでいました。私たちが2010年に実施したアンケートでは、実に住民の43.1%におよぶ方々が、熱海に対してネガティブなイメージを持っていることが分かりました。
 これまで熱海を支えてきた観光業とは、社員旅行や団体旅行で訪れ、旅館に泊まり、宴会をして帰るという、いわば旅館の中で完結するものでした。しかし、個人での旅行が中心となり、住民が道を尋ねられるようなケースも増えていきます。街で出会うたった一つの瞬間が、熱海の印象をがらっと変えるような時代になったということです。もはや観光客をいかに呼び込んでくるかという発想だけでは、街は再生していかないのではないか。むしろ、街そのものの満足度を上げ、観光業に従事する方だけではなく、地域の住民が観光客を気持ちよく迎えられるようになることが何よりも必要ではないか、という考えに至りました。
 こうした状況を打破しようと、NPO法人atamistaを立ち上げました。「atamista」には、「熱海を支えつくっていく人たち」、そして「熱海から地域づくりのカタチを発信する」という思いを込めています。同法人は、「100年後も豊かな暮らしができる街をつくる」「人財育成を通して、経済、社会、自然、芸術・文化資本を再生し、持続可能な地域社会をつくる」をコンセプトとして掲げ、熱海の再生のために、まず熱海に住まう方々の暮らしを変えていくことからはじめました。

街を知るツアーが人々を変えた

 NPO法人atamistaを立ち上げてまずはじめたことは、観光客ではなく地元の方に向けた体験ツアー「熱海温泉玉手箱(オンたま)」です。熱海には、三島由紀夫や谷崎潤一郎をはじめ、著名な文豪たちが通った喫茶店や、花街の風情など、貴重な観光資源がたくさん眠っています。このツアーでは、地元で暮らしているからこそ当たり前すぎて気づかないような、喫茶店や和菓子屋めぐりなどをまず開催しました。そのほか、旅館を案内していただいたり、芸妓さんに踊りを習ったり、海でシーカヤックを体験したり、ミカン畑での農業体験をしたりと、多い時には1カ月で70種類以上もツアーを実施し、3年間で約5,000名に参加いただきました。いずれも3〜10名ほどが参加するような小さなツアーばかりです。人数が集まらない企画も中にはありましたが、失敗を恐れるより、新たな話題や環境をつくろうとチャレンジし続けました。
 このツアーの開催に当たっては、心強いことに、64にもおよぶ店舗や、NPO法人、150人余りのサポーター、地元スポンサーに加え、観光協会や熱海市も一緒に汗を流してくださいました。様々なメディアに新しい取り組みをほぼ毎日のように発信していくことで、ツアーに参加していない方も変化を感じ取り、閉塞感が漂っていた街の空気を徐々に変化させていくことができました。ツアーを通じて新たな人気商品も生まれていきました。農作物にはファンが生まれ、直売によって売り上げが増えました。更には、人々が訪れることで手入れが進み、周囲の荒れた農地まで変わっていきました。
 この活動により、住民が持っていた地元へのネガティブなイメージが大きく転換され、アンケートの数字にも如実に表れていきました。熱海には観光スポットが何もないのではなく、ただ知らなかっただけなのです。知り合いができ、楽しみが生まれたことで、年に数回程度しか別荘を訪れなかった方が毎週のように熱海を訪れるようになり、セカンドライフが充実したといった声も聞かれるようになりました。

エリアの価値を上げ、街を再生させる

 一般に、まちづくりの多くは補助金でまかなわれています。しかし、この10年はそこに依存せず、いかに自分たちで稼いでまちづくりをしていくのかにチャレンジしてきました。資金を稼ぐには、ツアーだけでは十分とは言えません。そこで、次に空き物件を活用した市街地の再生に取り組みました。熱海の強みの一つに、飲食店が密集したコンパクトな中心市街地の存在があります。しかし、当時その4分の1は空き物件でした。これをなんとかできないかと、2011年に確achimoriを設立し、「リノベーションまちづくり」をはじめました。
 市街地の再生と言えば、再開発や、もしくは単発的なイベントによる集客をイメージする方が多いと思います。しかし、こうした取り組みが成功につながった例は、実はそれほど多くはありません。むしろ、衰退を加速させているケースすらあります。「ハコ」をつくれば再生するというのは成長期の発想であり、縮小していく社会では、今あるものをいかに上手に活用していくかが大切です。宿泊客数やイベントの来場者数にこだわるのではなく、エリアの価値を向上させることが重要であり、その一つの指標として地価を上昇させることに着目しました。
 補助金を利用して出店したとしても、その補助金の給付終了とともに閉店に追い込まれているのが実情です。また、店を誘致してもチェーン店だらけになり、その街が持っていた本来の魅力が失われ、結果としてシャッター街となってしまうケースも少なくありません。そこで私たちは、街にふさわしいコンテンツをつくり、エリアの魅力を高めることで不動産の価値も上げていこう、付加価値の高い産業を生み出し、仕事を創出することで地域の平均所得を向上させていこうと考えました。
 確achimoriは、「クリエイティブな30歳代に選ばれるまちをつくる」をビジョンとしています。資金は決して潤沢ではなく、大きなことはできません。そこで、かつてメインストリートであった熱海銀座の空き店舗を利用して「CAFERoCA」(現在は移転し「MARUYA Terrace」)をオープンしました。
 このカフェをはじめる前、この通りに未来はないよ、何をやってもムダだよといった声がそこかしこから聞かれました。しかし、100件以上のイベントを開催していく中で、だんだん熱海の内外から人が集まってくるようになりました。2013年から2カ月に1度行っている「海辺のあたみマルシェ」は、今では5,000人以上が訪れる熱海の名物イベントにまで成長しました。このイベントは単なる「にぎわい創出」ではなく、熱海で新たなチャレンジをする人を発掘していく場でもあります。開催から3年ほどすると、マルシェでファンを獲得し、熱海で新たにお店を開く人が現れはじめました。
 熱海のほかのエリアの地価が下がり続けている中、熱海銀座だけは上がっています。誰かに出会えることを期待して、これといった用事がなくても、熱海銀座を通っていこうかなと思うようになったとの声を耳にするようになりました。大切なことは、商店街だけで何とかしようとせず、外部の方を取り込みながら、一緒にやっていくことだと思います。時間をかけて試行錯誤しながら進めていくことで、変えることができると実感しています。

街とつながるゲストハウス

 活動場所を誕生させたことで、いよいよ積極的に外から人を集めてくる段階に至りました。そこで、10年間空き店舗だった場所で「guest house MARUYA」を開業しました。行政や商工会議所からは、ここ数十年にわたり資本を持たずに熱海で旅館業をはじめる人は誰もいなかったとも言われました。しかし、このゲストハウスは、これまで熱海にあった宿とは一線を画したものです。部屋は狭いカプセルタイプが中心です。その代わり、温泉でも食事でも、もっともっと熱海の街に繰り出していただき、熱海のファンを増やすことを目指しました。特に、朝食は商店街で干物を選んで買ってきて、自分で焼いて食べるというスタイルにしました。これが大変好評で、この体験をしたいがために泊まる方もいるほどです。
 資本力がほとんどない中で、4,500万円の初期投資が必要でした。地元の旅館や、ガス会社、工務店をはじめとした街の方々から740万円の出資を募りました。この時は、これで熱海が変わるのであればと、皆さん快く応じてくださいました。街に変化が表れるにつれ、確achimoriには不動産のプロや大学の先生などが加わり、現在の形ができ上がりました。
 次に、1958年から57年間にわたり空室だったスペースを、熱海で起業する人たちに向けたコワーキングスペース&シェアオフィス「naedoco」としてオープンしました。ここでは、熱海市とともに創業支援プログラム「99℃〜Startup Programfor ATAMI2030〜」を進めています。当初は、熱海市が行政主導で創業支援の「ハコ」をつくろうとしたのですが、それではこれまでと何も変わりません。ですから、民間主導の大切さを市に訴え、今では民間の施設の中に市がオフィスを借りてくれるようになりました。
 新たに何かをはじめようとすると、必ず反対する方が大勢出てきます。私たちの創業支援では、地元の方たちと徹底的に仲良くなってもらい、開業する前に応援してくれる方たちをどれだけ築けるかを常に意識しました。行政は創業したい方に向けて補助金を出しますが、これはあまり効果的ではありません。創業する時に必要なのは、お金ではなく、お客様です。私たちはこれから起業したいという方に対し、これまで積み重ねてきたネットワークや顧客をシェアしていくようにしました。実際、その中から少ないリスクでスタートし、2年目には黒字化できた店舗も生まれています。また、このプログラムからは飲食だけでなく、子育て、福祉など様々な分野の方たちが巣立っています。その中には林業に関するものもありました。森林の面積が62%を占める熱海市では、一昨年から林業に関する取り組みもはじまっています。
 確achimoriを立ち上げた7年前、当社のビジョンにある「クリエイティブな30歳代」なんてどこにいるのかとよく言われました。しかし、今では海外で個展を開くような力のあるファッション・ブランドが熱海に出店しています。また、こうした動きを見て、熱海の大手の企業も出店し、市街地の再生に手を貸してくれるようになりました。また、エリアの価値を上げることの大切さを理解してくれるオーナー様の存在も不可欠です。協力していただけるよう、3〜4年の長期にわたり交渉を続けている物件も中にはあります。
 最近、「海辺のあたみマルシェ」を始めた際に猛反対していた方たちが、街について真剣に考えたいと言ってくださるようになりました。また、世代交代の時期を迎え、店の将来を相談したいと声をかけてくださる方もいます。マルシェをはじめた時には、代々この土地で商売を続けてきたのに、マルシェの日だけやってきて稼ぐということは納得できないなど、様々なご意見をいただきました。しかし、「やってからあやまる」という精神で、企画から2カ月後にはマルシェを実行に移しました。それまでに、反対する方々の下へ幾度も足を運び、イベントを通じて稼ぎたいわけではなく、エリアの価値を上げていくためにはマルシェの開催が必要だということを繰り返し伝えてきました。全員の理解を得てからことを進めるのは現実的には不可能ですし、このくらいのスピード感がないと、何も変わっていかないと思っています。

2030年の熱海を皆で考える

 熱海再生のためには、新たに店舗を開店する方や、何らかの活動を始める方などが、次々と出てこなければならないと考えてきました。熱海銀座ではなく熱海のほかのエリアで起きたことですが、新たにはじめようとした知人のプロジェクトが、クラウドファンディングを活用して資金を調達できたにもかかわらず、地域住民の大反対に合い、結果として頓挫してしまうということがありました。失敗した要因はいくつか考えられますが、その時に感じたことは、地域の方と、新しく入ってくる方をつなぐ存在が必要不可欠だということです。言い換えれば、これまで熱海銀座で私たちが活動してきたことは決して間違っていなかったと確信できた瞬間でした。私たちが地元の方と、新しく入って来る方々との仲立ちをすることで、地域の方々も好意的に受け入れてくれています。また、外から来た若者たちがお祭りや掃除などに積極的に参加し、コミュニティーの維持に協力する様子も見られました。
 地域の再生は、経済的な側面だけではなく、コミュニティーを再生していくという視点がなければ継続できません。現状に満足して安心すれば後戻りしてしまいます。だからこそ、後戻りができないように常に変化を続けていきたいと思っています。今では、拡大を図るのではなく、地域の絆を深めていくことが成功につながるとの考えに至りました。
 こうした取り組みの一環として、熱海銀座の道路をなくして公園にする、「熱海銀座公園化計画」というビジョンを描いています。温泉地の街中に車が中心の道路は必要ないのではないか。ゆっくり歩けるリゾート地として価値を上げていけばよいのではないか、ということです。
 現在、熱海市と一緒に「ATAMI2030会議」を隔月で開催しています。3年目を迎えますが、毎回100名以上が参加しています。ここでは「リノベーションまちづくり」をどうやって市の施策に結びつけていくのか、2030年に熱海をどのような街にすればよいのかなどを議論しています。街中の再生だけではなく、ツーリズムや、産業としての食、林業など、あらゆるテーマを皆で考えています。いずれも、いかに人が中心となって、居心地の良い地域として自立していくかという視点を大切にしています。
 10年前から熱海の街を再生したいと言い続けてきました。大切なことは、まずアクションを起こしてみなければ何も変わらないということです。ビジョンを掲げると共感してくれる方が必ず現れます。最初は全員に理解されないかもしれませんが、「志は高く、一歩目は低く」の姿勢で、今後も小さいところからまちづくりに取り組んでいきたいと思っています。