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ナイスビジネスレポート

特別講演
暖かな木の住まいが健康寿命を延ばす?

 政府は現在、国民のより一層豊かな暮らしと医療・介護費の抑制を目指し、未来投資戦略として「健康寿命」の延伸を掲げ、国土交通省を中心に住宅の断熱化が健康に与える影響を検証する調査を支援しています。今回は、同省のスマートウェルネス住宅等推進調査委員会の幹事を務める、慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科教授の伊香賀俊治氏の研究報告をご紹介します。

断熱住宅が健康維持につながる

 日本での健康寿命を延ばす対策といえば、食生活や運動習慣の改善が中心で、住環境との関係はこれまでそれほど取り沙汰されてきませんでした。ところが、イギリスでは住環境が健康に及ぼすリスクをかなり早くから認識し、高齢者に向けたキャンペーンを行っています。寒い家に住み続けることで、脳卒中や肺炎、心筋梗塞のリスクが高まるということで、リビングの最低温度を21℃、夜中でも寝室が18℃以下に下がらないような対策が進んでいるのです。
 日本では現在、国土交通省がそうした断熱住宅の普及に関する指針となるエビデンス(実証)を集めています。2014年の人口動態統計によれば、全国の年間死亡者数は127万人で、そのうち冬季に亡くなる方が47万人にも上っています。死亡原因は呼吸器疾患、脳血管疾患、心疾患が6割を占めています。冬にこんなに命を落としているのは、先進国の中では日本ぐらいであり、住環境の改善が必要です。
 地域別に見ると栃木県がトップで25%、以下、茨城県、山梨県、愛媛県、三重県と比較的温暖な県が続きます。これに対し、寒冷な北海道では10%に過ぎません。断熱住宅の普及率で見ると、北海道では85%に達していますが、全国平均は23.9%程度で、トップの栃木県では2割程度しか普及していません。この数値を見る限り、暖かい住まいと冬季死亡増加率との間に相関関係があるのではないかと想像できます。
 見方を変えれば、断熱住宅の普及が遅れている都府県においてリフォームや建て替えのタイミングでの断熱化を進めていくことは、省エネの推進だけでなく、国民の健康維持につながる可能性があるということです。これは、介護費や医療費の増大を抑え、ひいては自治体、国家の財政負担を削減することにつながります。住宅を供給するビジネスが、国のため自治体のため、何より国民のためになるという構図を描くことができると考えられます。

暖かな暮らしが脳の老化を遅らせる

 冬に家の中が寒いのは当たり前だと考える人たちはまだまだ多くいます。そこで、暖かい断熱住宅の価値を分かってもらおうと、高知県梼原(ゆすはら)町に体験型木造モデル住宅を建設しました。20名の方に宿泊していただき、自宅で測定した血圧と心拍数の変化を比較してみました。すると、70歳代のある男性の場合、真冬の朝、室温が5℃の自宅では血圧が164oHgだったのに対し、室温17℃のモデル住宅では132oHgでした。降圧剤を飲んでもこれだけ血圧が下がることはありません。薬で治す道を選ぶのか、それとも少しだけ家にお金をかけて薬に頼らない道を選ぶのか、これは説得力のある数値だと思います。
 梼原(ゆすはら)町では2003年から2013年まで10年間にわたり追跡調査も行っています。夜の0時に18℃以上が保てている家にお住まいの方々の10年間の高血圧の発病確率を「1」とすると、18℃を下回る寒い家に暮らす方は6.7倍も発症する確率が高いとの数値が出ました(図1)。飲酒や塩分の摂り過ぎ、運動不足あるいは高齢化など様々な要因をチェックした上で、 家の寒さが最も影響があるという結果になりました。心筋梗塞、脳卒中で亡くなる方についても、寒い家にお住まいの方が多いとの数値が出ています。来年度からまた大規模な調査を予定しており、発病しやすさと住まいとの関係をいずれ明らかにできると思います。
 先進国では認知症の予防も大きな課題になっています。私は内閣府の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の「脳情報の可視化と制御による活力あふれる生活の実現」において、脳機能と住環境に関する研究の責任者を務めています。ここでは、病院に協力をいただき、 平均年齢67歳の男女59名に脳ドック健診を受けていただきました。一般に大脳皮質の量や神経繊維の質は年齢とともに衰え、物忘れや情報伝達力の低下を招きます。しかし、3℃暖かい住まいでは脳神経が6歳若いとの数値が出たのです。たった3℃の差ですが、足元の温度がより脳に作用するということも分かりました。別の言い方をすれば、足元が寒くない家に住むだけで、認知症になるタイミングを先送りできるメカニズムの解明が始まったことになります。
 また、これは別の調査となりますが、大阪府豊中市の千里ニュータウンでは、要介護認定を受けた方を対象に、住まいが要介護状態に与える影響を調査しています。立派な家でも、古いつくりのため断熱されていないケースが多く見られるエリアです。冬の脱衣所で寒いと感じる頻度が「よくある」「たまにある」と回答した方を寒冷住宅群、「めったにない」「全くない」を温暖住宅群に分類したところ、後者は介護なしで活動できる期間が前者と比べて4年延びることが明らかになりました。脱衣所の室温をたった2℃暖かくするだけで、健康寿命が4歳若くなる可能性が示唆されたわけです(図2)。
 一般的に要介護認定者が家族の中に一人いると、家計の自己負担額は年間80万円前後になるとされています。健康寿命に4年の差があるということは、単純計算でおよそ300万円の違いとなります。暖かな暮らしをすることによって、将来300万円の負担をしなくて済むことになります。新築するときに追加での断熱工事が100万円程度、リフォームでは200〜300万円とされていますので、あっという間に元がとれる数字です。これを医療費の削減という点から考えると、介護費の8割は公的負担で、その財源は日々積み立てている介護保険料です。家を暖かくするだけで1人当たり2,000〜3,000万円の節約になり、社会保障費を将来的に大きく削減できる可能性があるのです。その節約分を今後、日本の住宅政策に振り向けるよう、提案していきたいと思います。

暖かな幼稚園では病欠も少ない

 子どもたちについても調査を行っています。30年前に比べ、肥満傾向にある子どもたちは1.5倍となり、すぐ骨折してしまう子どもたちの割合は、40年前に比べると2.5倍になっているとの報告があります。そこで、2015年と2016年に、熊本県と高知県の幼稚園にご協力をいただき、子どもたちの身体活動量や体温、病欠と園舎の状況について調べました。
 調査した5つの園舎のうち4つが鉄筋コンクリート造、1つが木造です。床上1.1mの冬場の室温はいずれの園舎も17℃前後に保たれていました。ところが、足元に着目すると、断熱材がない園舎は9℃しかなく、床が冷たいと、園舎だけでなく園庭でも、性別に関係なく子どもたちは活動的ではありませんでした。一方、最も活発に遊ぶ姿が見られた園舎では、無垢材の二重床に加え、温風床暖房も行っていました。
 現在、免疫力が下がって病気になりやすい低体温児が大きな問題となっています。そもそも低体温になる理由として、自宅や保育室が寒いことがあげられます。しかし、暖かい環境で活発に身体を動かすことで、あっという間に改善できるわけです。
 また、環境によって園児の病欠にも違いが出ました。自宅も園舎も暖かい子どもたちを基準とすると、どちらかが暖かい子は1.6倍、両方とも寒い環境で育つ子は2.6倍も病欠しやすいとの結果になったのです。子どもがしばしば病気になると、働いている保護者は仕事を休んだり、迎えにいかなければいけません。それが繰り返されると仕事に支障が出て、家計にも影響を与える可能性があります。そこで今後、病欠しないことによる経済価値も明らかにしていく予定です。
 こうした結果を保護者が知れば、誰もが暖かい園舎に通わせたいと希望するはずです。そして、経営者は断熱にお金をかけて建設した方がよいと考えるでしょう。この時期は、ちょうどマイホームの取得を考えるタイミングと重なりますので、断熱性能や木の良さを納得して家を選んでくれるのではないかとの期待もあります。今後は、園舎建て替えの前後でどのように変わったのかについても調査していきたいと思います。

内装木質化で睡眠の質も作業効率もアップ

 横浜市と慶応義塾大学、ナイスグループとの産官学連携で、2015年に「スマートウェルネス体感パビリオン」をオープンしました。これは、高断熱の効果を実感できる施設となっており、小学生の体験学習やイベント、メディアの取材などを通じ、断熱住宅の普及・啓発に努めています。
 以前、研究室の学生たちにこのモデル住宅に宿泊してもらい、内装木質化が睡眠と知的生産性へ与える影響ついて実験を行いました。床と天井、壁の全てをヒノキの無垢材とした部屋、全く無垢材を使わずにビニールクロス張りと複合フローリングとした部屋、そしてその中間と、3種類の部屋を用意し、睡眠と自律神経の状態を測定しました。その結果、最もリラックスとスムーズな入眠をもたらしたのは、床と天井に無垢材を使った、適度に木質化された部屋でした。熟睡時間もやや長くなり、睡眠の質の向上が翌日の作業成績にも反映されました。これを偏差値に置き換えると8ポイントぐらいの差があります。毎日この状態を維持すれば、学業成績や仕事の効率も上がり、生涯年収も億単位で変わってくるのではないでしょうか。そう考えれば、住まいに数百万円かけることは決して惜しくないかもしれません。
 昨年は男子大学生8名を被験者として、ヒノキをスギに変えての測定も行いました。木質化率50%で鎮静効果が確認された結果を踏まえ、天井を@白いビニールクロス、A木目柄クロス、Bスギ無垢材とした3種類の部屋を用意しました。壁はすべて白いビニールクロスで、AとBは見た目ではほとんど変わりません。
 この実験の成果として最も大きかったのは、スギ無垢材を使ったBの部屋から、沈静効果を持つ香気成分の放出を確認したことです。これに伴い、木質化が交感神経系の沈静効果、熟睡時間の延伸に寄与した可能性をデータとして得ることができました。また、よく眠れたことによって、翌日のタイピングやマインドマップ作成といった知的生産性向上に影響を及ぼした可能性も予想されます(図3)。今後はそのほかの樹種についても調査を続ける予定です。

夜間頻尿の悩みを断熱改修で解決

 今年1月、私が幹事を務める国土交通省の「スマートウェルネス住宅等推進調査委員会」が、2回目の中間報告を行いました。このプロジェクトは、建築の専門家と医学の専門家が協力して進める画期的なプロジェクトで、2014年に始まりました。断熱リフォームに半額の補助を行い、改修前後の短期的な健康への影響を継続して調べようというものです。今回は、住宅の状況が改善されることによって平均血圧が下がると、医療費や介護費がどれくらい軽減されるのか、そうした根拠の途中経過まで発表しました。ただし、断熱改修がなかなか進まない状況があり、その点については、ぜひ住宅関連業界の皆様にご協力をいただきたいと考えています。
 今回行った改修前の調査では、冬の居間の平均室温は17.1℃で、18℃未満の住宅が全体の56%を占めています。朝方のリビングの室温については、18℃未満の住宅は9割に達しました。寝室、脱衣所も9割は18℃未満で、断熱リフォームの市場は大きいといえると思います。
 血圧だけでなく、動脈硬化指数や心電図の異常所見をはじめ、身近な例では、肩こりや腰痛についても寒さとの関係で興味深い結果が出ています(図4)。また、超高齢社会において深刻な問題の一つに夜間頻尿があります。就寝中に1回以上、排尿のためにトイレに行く症状が夜間頻尿と呼ばれ、不眠・睡眠障害につながるほか、夜中に寒く、暗いなか、トイレに行く途中で転倒・骨折・寝たきりになる可能性が高くなると言われています。この場合も、リビングの就寝前の室温が12℃未満の場合、夜間頻尿の確率は3倍に増えるとの数値も出ています。ただし、断熱改修を行うことで、夜のトイレの回数は顕著に減っています。
 現在、国土交通省で「スマートウェルネスオフィス」に関する調査も進めています。快適なオフィス、自宅、住みよいまちが心身を安定させ、よい仕事をすることにもつながるという研究が進めば、非住宅の建材、設備の普及にもつながります。今後も住宅・都市の健康について調査し、健康かつ知的生産性をもたらす住環境整備に役立てたいと考えています。